麗しき星の花
「ひぃぃっ」

 思わず喉の奥から引きつった声が出た。

 リィには鉄の心臓と言われたシンだが、ただひとつ苦手なものがあった。

 それは、幽霊。

 地の底から蘇った死者の魂。

 怨念を残して彷徨う、お化け。

 何故それだけが駄目なのか。簡単だ。母が怖がっていたからだ。リィも同じ理由で、幽霊は駄目だ。

 世界を救った勇者と姫。そしてこれから更なる偉業を成し遂げようとしている両親。その両親のどちらが強いのかと言えば、それは母だ。

 どんな難敵をも平伏させる勇者を、更に平伏させるのが姫。事実がどうであれ、双子はそういう認識だった。その母が怖がる幽霊が、怖くないはずがないではないか。


 しかしシンは踏ん張った。

 今すぐ回れ右をして逃げ帰りたいのを、根性で踏ん張った。

 冷気を孕んだ目の持ち主が、その身を覆う真っ黒なマントを床につけて屈む、その下にリィが倒れていたからだ。今にも襲いかからんばかりのその態勢が、天秤にかけられた退却と進軍の選択を、大きく進軍へと傾けた。

 一瞬の瞑目。恐怖を打ち砕かんと噛み締められる奥歯。

 そして、開眼!

「っらあああああっ!」

 高く跳躍し、旋回。

 その足に闘気を纏わせ、幽霊に向かって蹴り放つ。

 屈んでいた幽霊は身を起こし、飛んできた気の塊を片手で弾き飛ばした。その動作でがら空きになった懐に、シンは飛び込む。

「ふっ!」

 短く息を吐きだし、拳を幽霊の顎目掛けて放つ。

 しかし止められた。

 幽霊の掌に、シンの拳がすっぽり収まる。

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