麗しき星の花
「なっ!」

 驚きつつも、攻撃の手は緩めない。

 素早く態勢を整え、脇腹を抉るような後ろ回し蹴りを放つ。これも幽霊は腕で受け止めた。まるで岩壁がそこにあるかのような、硬い衝撃が足から全身に返ってくる。

「っち!」

 短い舌打ちをし、そのまま力任せに押し切ろうかとも思ったが、その一瞬の隙に反撃を喰らうことは必死。すぐに足を戻し、寸分違わぬところへ更なる回し蹴りを放った。

 幽霊はそれを受けず、身を退いた。その隙に素早くリィを抱き上げる。

 そして幽霊に背を向けた。

 最初の一撃で相手の技量は分かった。リィを庇いながら戦える相手ではない。そう判断しての戦術的撤退だった。

 闇に包まれた廊下を一目散に駆ける。あんな得体の知れないものが家にいることを、琴音たちに知らせて避難させなければならない。

 そう思って本邸の玄関ホールまで辿りついたとき。

 曲がり角で人の気配を察知し、急ブレーキをかけて立ち止まった。

「おや、君は……」

 角を曲がって現れたのは、スラリと背の高い、貴族服を思わせる煌びやかな黒いスーツを着た人物だった。

「あ……あれ、えーと……奏一郎、さん」

 それは琴音と玲音の祖父、奏一郎だった。え、おじいさん? と疑いたくなるような若々しい雰囲気の持ち主である。世界的マエストロの彼は、世界中で開催されるコンサートに引っ張りだこで、時々しかこの屋敷に帰ってこない。

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