Change the voice
浮かない顔のままマンションに戻ると、ちょうどお風呂から出てきた真下さんと鉢合わせてしまった。
思わずぽろりと嵯峨さんに呼び出されている不安を口にする。


「えええっ?!桐原さん、あの嵯峨千秋さんに会うんですか?」


彼女の頬の蒸気が上がるのが見て取れる。
声フェチのみならず、すべての女性の耳を虜にする声の持ち主、嵯峨千秋。
分かってはいたが、思わずムッとしてしまう。


「え、でも『ロンラバ』のドラマCDで共演されてましたよね?」


さすが桐原周也データベースサイトの管理人。
共演情報もしっかりしている。


「嵯峨さんは他の共演者と同時録りしない人で、業界では有名なんすよ。『ロンラバ』も別録りで、今回顔を合わせるのは初めてで」

「初めて知りました。そんなこだわりのある方なんですね」


そっと真下さんがホットレモネードを淹れてくれる。
声を売り物としている自分にはありがたい飲み物だ。


「こだわりと言うか…噂だと、他の共演者に厳しすぎるからだそうです」


そう。嵯峨さんが他の共演者と同時録りしないのは《他のキャストの演技が気に入らないから》だと言われている。
その証拠に、特定の声優とは共演したり対談したりしている。

つまりは――


「ドラマCDの時は、多分、俺の演技が気に入らなくて別録りになったんだと…思います」
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