そこにアルのに見えないモノ

「その話を聞いたとき、私は…強く拒否しました。嫌だと突っぱねました。‥本当に子供だったんです。何も解ってなかった。
恋の経験もまだありませんでした。…そんな、会ったこともない、好きでもない人と、いきなり婚約…、卒業したら結婚なんて。
10歳離れている事も、なんだか凄く違う大人の世界のように思えました。
好きになった人と恋愛して結婚出来ないなんて、嫌。知らない人となんて絶対嫌、と我が儘を言ってしまいました。
自分に悲観的な考えしか出来ませんでした。…自分の事ばかり主張して…。
そんな私に‥、お父さんは、すまなかったな、嫌な話をして、と言いました。
父さんが間違ってたよ。工場の為に、お前を犠牲にしようとした。すまなかった、と何度も言いました。お前は将来、自分の好きな人と結婚して幸せになりなさい、と。相手には断りを入れるから、心配ないよ、と言いました。そして、その言葉通り、翌日には断りの挨拶に行ったのです。
それで…父は…そのまま帰って来ませんでした。夜になっても、朝が来ても…。母が…狂ったように捜しました。
……夕方になって警察から連絡がありました。
…父が、廃屋で首を吊って亡くなっているのを発見したと。身分証明…、運転免許証から父だと解ったそうです。
父の部屋、書斎の机の引き出しから遺書が見つかりました。
…あの日、
私に結婚の話は断るから心配するなと言った日、…父は遺書を書いていたんです」
< 10 / 64 >

この作品をシェア

pagetop