そこにアルのに見えないモノ
晶の事情

「父は小さな町工場を営んでいました。
小さいながら、従業員も何人かいて、それなりに経営は上手くいっていたようでした。
日本人特有の……緻密で繊細な仕事。父はそんな仕事が大好きでした。
仕事…、経営は、良い時ばかりではないですよね。
卸し先の大手は勝手です。代替わりして利益優先というか。
値段の折り合いがつかなければ、今までどんなに長い取引があっても突然切ってきますから。
品質が良くて耐久性の良い物より、大量で安い消耗品を選ぶんですよね…壊れやすいのに…。……大手に切られたら町の工場なんて大打撃です。…時流、不況の煽り、とでも言えばいいんでしょうか。世間で倒産が続く中でも、なんとか続けられていた時はまだ良かったんです。
なんとか出来てる内に、畳められれば良かったのかもしれませんね。でも、中々踏ん切れない…。
銀行は数字が悪いと、企業努力が足りないからだとか言って、融資をいとも簡単に打ち切ります。総て数字なんですよね…。経営者の理念が銀行に理解されていた頃、昔とは違って来ましたから。
長年勤めてくれた従業員に、辞めてくれないかとは簡単に言えない。一人一人、家族が居るから…。
同じ職種の就職先を見つける事が出来たら良かったのですが、付き合いのある業者に手を尽くしても、どこも厳しくて難しかったようです。
みんな自分のところで手一杯でしたから。
そんな時です。
父の持っている技術が欲しいという話が舞い込んだ。従業員もそのまま引き受けると言うんです。工場に取っても、父に取っても、願ったり叶ったりの話だったと思います。
…それには一つ、条件が付加されました。
その会社が負債を見てくれる代わりに、息子と私の結婚が条件だと。息子が結婚を望んでいると言うのです。私にはよく解らないことでした。私はまだ18歳。高校生でした。相手の人は28歳。
すぐに結婚とは言わないが今は婚約して、卒業したら結婚をということらしかったです」
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