恋する歌舞伎
それから37年後の春。

伊織夫婦が住んでいた屋敷の庭の桜の木も今では美しい花を咲かせている。

家主が不在の間、この屋敷を守ってきたのは、久右衛門の息子夫婦の九弥(きゅうや)ときくだった。

かつての伊織とるんのように、仲睦まじく暮らしていたが、彼らは今日でこの家を立ち退くことにする。

なぜなら越前の国へお預けの身となっていた伊織が、今年ようやく許しが出て、この家に帰ってくるからだ。

自分にとっては叔父であり、父・久右衛門にとっては大恩人である伊織のことを常々聞かされていた久弥は、夫婦にとっての37年という歳月について、妻と共に思いを馳せる。

もし自分がるんの立場になったら・・・と考え思わず泣き出すきく。

自分たちは何があっても一緒にいようと、かつての伊織夫婦と同じように指切りをしてその場を立ち去る二人であった。
< 69 / 135 >

この作品をシェア

pagetop