落ちてきた天使
『なーに言ってんの!バイト雇うなら履歴書は必要だって言ってるでしょ!』



女将さんは私に向き直ると『彩ちゃん、ごめんね』と言って紙を置いた。


目をやると、保護者の承諾サイン欄があり、胸がギュッと詰まった。



『履歴書もそうなんだけど、採用にあたって必要な書類があるから後日持ってきてもらえるかな?』

『あの…私、親がいないんです』



必ずぶつかる壁だと思ってた。


高校生がバイトをするのも携帯を契約するのも、親の承諾が必要なことが世の中にはたくさんある。


私には親がいない。


施設長に頼めば対応してくれるけど、親がいないことで雇ってもらえない等、理不尽なことが多々あることは知っていた。



私も一人の人間で他の人とは何も変わらないのに。



膝の上でギュッと手を握る。


親がいない、そう口にするのはやっぱり辛い。



『親がいない?』



店主の低い声が私の心臓に重くのしか掛かる。


やっぱり駄目か、そう思った時。



『だから何だ?』



思い掛けない言葉に『え?』と顔を上げた。



『親がいないことが採用しない理由にはならない。俺は根性とやる気がある奴、頑張って生きてる奴が好きなだけだ』



店主が口の端を上げて逞しく光る目で私を見据えると更に続けた。



『この歳になるまで客商売してると、そいつがどんな奴なのか目を見て話すだけでわかるんだよ。目は嘘をつかない』

『この人、人を見る目だけは確かなの』



女将さんは『ふふふ』と笑うと、『ここは施設長にサインしてもらってね』とウィンクして見せた。





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