その愛の終わりに
「彼も、義母も嫌な顔ひとつせず、主役は花嫁なのだから好きにしなさいと言ってくださって……。私、自分のことを世界で一番幸せな花嫁なのだと思っていました。でも、実際は違ったのね。私が知らなかっただけで……」
湯飲みに添えた指に力が入る。
再び気まずい沈黙が降りるが、長くは続かなかった。
「奥様、義直と離縁されるおつもりですか?」
短く、核心をついた山川の質問に、美都子は緩くかぶりを振った。
「この程度で離縁出来るなら、世の中の女性の大多数が離縁していますわ。とりあえず、義母が私を気に入ってくれているうちは東雲家にいますが、子供が出来なければそのうち扱いも変わるでしょう。そうしたら、あの家を出ます」
遠回しに、もう二度と義直と床を共にすることはないと言ったのだが、山川はしっかりとそれに気づいた。
「明日、義母が旅行から帰ってきます。なので今日だけは一人になりたくて、家出してきたんです」
「は?家出?」
「ええ。家出してきました」
思わず聞き返す山川に、美都子は悠然と団子を一口噛り、頷いた。
「と言っても、運転手にここまで車で送ってもらい、明日の昼には帰ると宣言した上でのもの。子供のままごとのようなものです。今夜はどこか適当な宿に泊まります」
「そうですか……」
山川の返事は歯切れの悪いものであった。
夫の友人という立場上、どういっていいのかわからないのだろう。
「本当に……山川さんには多大なご迷惑をおかけしました。今回お世話になったことは終生忘れません」
深く頭を垂れると、美都子はさっさと団子を食べ尽くし、茶を飲み干した。
空の暗さは増し、気温も下がってきたため、暖かい茶を飲んだばかりだというのに、二人は身震いした。
「……奥様、雨が降りそうですから、そろそろ出ましょう」
勘定を済ませようと立ち上がった山川の後に続き、美都子はハンドバッグから財布を出そうとしたが、山川の大きな手がそれを制した。
「女性に払わせるわけにはいきません」
「でも、いつもお世話になりっぱなしだし……」
確かに、常識的に考えたら山川の言い分のほうが正しい。
しかし、美都子は世話になり続けてばかりのこの状態に居心地の悪さを感じていた。
「何かさせてくださいな。私、このまま一方的に山川さんのお世話になるなんて嫌ですよ。むず痒いわ」
茶屋を出た後にはっきりとそう言うと、山川はしばらく考えた後に提案した。