好きだと言ってほしいから
 社員通用口に取り付けられた指紋認証の機械に指をかざす彼をそっと眺めた。
 身長百八十センチの彼は、百五十五センチの私よりも優に頭一つ分は背が高い。今は通用口に設けられた三段分の階段の差もあるから、私はかなり首を反らして見上げる形になっている。

 程よい軽さを出しているダークブラウンの髪は艶やかで思わず触りたくなるし、私に背を向けているから今は見えないけれど、二重の茶色い瞳とすっと通った鼻筋、形のいい唇は一般人にしておくにはもったいないくらい整っている。そして、パリッとした黒いスーツで隠れている彼の体が、週二回のジム通いで鍛えられていることは、出来ればみんなには秘密にしておきたい。

 ピッと小さな電子音が鳴って扉のロックが外れる音がした。本来は社員一人一人が指紋認証で入館しなければならないから、私はこの扉が閉じた後で改めて機械に指をかざさなくてはならない。けれど実際には今のように誰かが扉を開けた場合、続く人はそのまま入館してしまう。とりわけ私はそうすることが多い。

「麻衣?」

 逢坂さんを見上げたままぼんやりしていると、彼が私の名を呼んだ。

「どうしたの? 早くおいで」

「あ、はい。……ひゃっ」

「うわっ」

 慌てて階段を上ろうとしてつまづいてしまった私は、すぐにがっしりと力強い腕に支えられた。

「……ほら、慌てなくていいから」

「は、はい……。ありがとう」
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