好きだと言ってほしいから
私がお礼を言うと、逢坂さんは私の頭を優しく叩いた。
「ぼんやりしてるみたいだな、何かあった?」
「ううん。何もないですよ」
「……そっか。だったらいいけど。ほら、早く入って。閉じたら困るだろ」
「はい」
逢坂さんがドアを手で押さえてくれている隙に、私は中へ滑り込んだ。すぐに彼も続く。背後でドアが閉まりロックがかかる音がした。
私も正真正銘、ここで働く社員だ。入社したとき、他の新入社員と同じように私も指紋登録をした。けれど私はかなり高い確率でこの指紋認証のドアをくぐることが出来ない。その理由は多分、私の荒れた手が原因だ。
私の家は父子家庭で、小学六年生のときに母が交通事故で亡くなって以来、家事はずっと私がやってきた。もともと嫌いじゃなかったから、当然のように家のことは一切私がやるようになり、就職した今もそれは変わっていない。父は製薬会社に勤めるサラリーマンで帰宅が遅くなることが多いし、父のために食事を用意することは当たり前のことで全然苦じゃなかった。
母亡き後、母の分の愛情も注ぎ、男手一つで私を育ててくれた父には感謝している。そんな父を私は大好きだし尊敬もしていた。
だけどそれまであまり身なりに気を遣ってこなかった私の手は、長年の家事のせいなのか、それとももともと肌が敏感だったせいもあるのか、荒れてしまい、今さら頑張ってケアしたところで、なかなか指紋を正しく認識させることができないのだ。
多分、このシステムを導入したのが最近なら、私の荒れた手でも指紋を正しく読み取ることができたのかもしれない。でもあいにくこのシステムは、随分昔からあるらしい。おそらく導入当時は最先端の技術だったに違いない。
「ぼんやりしてるみたいだな、何かあった?」
「ううん。何もないですよ」
「……そっか。だったらいいけど。ほら、早く入って。閉じたら困るだろ」
「はい」
逢坂さんがドアを手で押さえてくれている隙に、私は中へ滑り込んだ。すぐに彼も続く。背後でドアが閉まりロックがかかる音がした。
私も正真正銘、ここで働く社員だ。入社したとき、他の新入社員と同じように私も指紋登録をした。けれど私はかなり高い確率でこの指紋認証のドアをくぐることが出来ない。その理由は多分、私の荒れた手が原因だ。
私の家は父子家庭で、小学六年生のときに母が交通事故で亡くなって以来、家事はずっと私がやってきた。もともと嫌いじゃなかったから、当然のように家のことは一切私がやるようになり、就職した今もそれは変わっていない。父は製薬会社に勤めるサラリーマンで帰宅が遅くなることが多いし、父のために食事を用意することは当たり前のことで全然苦じゃなかった。
母亡き後、母の分の愛情も注ぎ、男手一つで私を育ててくれた父には感謝している。そんな父を私は大好きだし尊敬もしていた。
だけどそれまであまり身なりに気を遣ってこなかった私の手は、長年の家事のせいなのか、それとももともと肌が敏感だったせいもあるのか、荒れてしまい、今さら頑張ってケアしたところで、なかなか指紋を正しく認識させることができないのだ。
多分、このシステムを導入したのが最近なら、私の荒れた手でも指紋を正しく読み取ることができたのかもしれない。でもあいにくこのシステムは、随分昔からあるらしい。おそらく導入当時は最先端の技術だったに違いない。