好きだと言ってほしいから
「……逢坂さん?」

 私が逢坂さんのTシャツの裾を引っ張ると、彼はハッとしたように微笑んだ。

「あ、ああ。そうだね」

 そう言って平岡くんに笑いかけた逢坂さんは、もういつもの優しい笑顔だ。考えすぎよ。異動願いを出したのは平岡くんであって、逢坂さんではない。


 トレーニングを終えて、めずらしく途中のファミレスで外食をした私たちが逢坂さんのマンションに帰ると、時刻は夜七時半を過ぎていた。

 ジムでトレーニングをしている間中、ずっと楽しかったけれど、平岡くんに会ってから逢坂さんは無口になってしまった。
 時折何かを考え込んでいるようで、私の目をじっと見つめてきたりする。その視線は甘さが滲んだものではなく、何か別のことを考えているように見えた。それが余計に私の不安をあおっていることを、彼はきっと知らない。

 彼のマンションのキッチンでお揃いのマグカップに二人分のコーヒーを淹れて、リビングのテーブルに運んだ。

「はい、逢坂さん」

「ああ、ありがとう」

 彼の前にカップを置くと、彼はお礼を言って一口飲む。
 私もそんな彼の様子をちらちら見ながら隣に腰を下ろすと、両手でマグカップを持ってコクリと一口だけ飲んだ。ブラックの逢坂さんと違い、私のはミルクとお砂糖たっぷりの甘いカフェオレだ。私の逢坂さんへの気持ちと同じくらい甘いその飲み物が、喉を通り過ぎてゆっくりと胃に染み渡っていく。

 何だか重苦しい雰囲気に、私はわざと明るい声を出した。
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