好きだと言ってほしいから
 逢坂さんと一緒にいた男性が、決まり悪そうな表情で逢坂さんの肩を軽く叩いて去って行く。

「……麻衣、今の話……聞いていたのか?」

 逢坂さんが近づいてくる。私は慌てて俯いた。

「あ、あの、私、ここへはお使いを頼まれて来ただけだから……す、すぐ戻らなきゃ……怒られちゃう……」

「麻衣」

 俯いたままの私の視界に黒い革靴が見えた。逢坂さんが私の目の前に立っている。いつものように優しく頭を撫でられたとき、私の体が大げさなほどビクリと跳ねた。

 逢坂さんに頭を撫でられるのが好きだ。彼の大きな手はとても温かくて優しい。私はいつも子猫のようにうっとりしてしまうけれど、今日はそれが悲しかった。彼の優しさの裏にあるものを考えてしまう。彼が今、優しく私の体に触れるのは、自分が伝えるより早く、思わぬ偶然で私に知られてしまったことの罪悪感から来ているの?

「え、えへへ。ごめんなさい、私……立ち聞きしようと思ったわけじゃないの。本当に、偶然……で……」

「麻衣、ちょっとこっちにおいで」

 逢坂さんが私の手首を掴む。クイ、と引っ張る先には『小会議室』と書かれたプレートが見えた。

「あの、私、本当に戻らなきゃ……国販部に書類を持ってきただけだから、ぐずぐずしてたら変に思われちゃう……」

「じゃあ仕事が終わったら迎えに行くよ」
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