好きだと言ってほしいから
「え、でも……、逢坂さんは忙しいでしょう? だから今日じゃなくても、週末……とか……」

「麻衣」

「は、はい」

「今日、仕事が終わったら迎えに行くから」

 真っ直ぐ見つめられて、私は頷くことしか出来なかった。逢坂さんに手を引かれエレベーターの前へ行く。エレベーターが到着すると、彼は私一人をエレベーターに乗せて一階のボタンを押した。私が落としたクリアファイルを渡しながらドアを押さえて付け加える。

「ちゃんと話すから」

 私がもう一度頷くと、彼は少し安心したのか微かに笑った。「じゃあ」と言ってドアが閉まる。

 エレベーターの中で私は一人考えた。逢坂さんは海外転勤になった。そして今日、私はそれを偶然知ってしまった。彼は優しいから私になかなか言い出せなかったのだろう。
 逢坂さんが好き。大学生の頃から、彼だけを見てきた。付き合えるようになったときは、本当に夢のようだった。毎日が楽しくて幸せで……そして不安だった。彼の優しさに私が甘えてしまっていることに。

 今度は私が彼に優しさを返す番なのだ。彼が安心して新天地へと旅立てるように。自分の望む仕事を、やりたい事を思う存分出来るように。私がそれを邪魔しちゃだめだ。きっと彼だって本当は、私に笑って送り出して欲しいに違いない。

 だったら私は笑わなきゃ。笑顔で彼の背中を押して、彼の幸せを願うのだ。泣くのは……彼がいなくなった後。そのときになったら、思い切り泣けばいい。そうすれば、優しい彼の胸が痛むことはないでしょう?
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