好きだと言ってほしいから
「またね、麻衣」

「うん。またね、葵ちゃん……」

 もう既に半分泣きそうになっている私の髪を、葵ちゃんはちょっと乱暴に撫でるとトン、と背中を押してくれた。

 逢坂さんが入ってきて、私は彼と一緒にみんなに最後の挨拶を済ませた。彼は私の私物が入ったダンボールを小脇に抱えると私を促して歩き出す。私たちは、それまで勤めていたこの美しいビルを後にした。


「最後の夜なのに、よかったの?」

 逢坂さんのマンションの、彼のベッドの中。マットレスに左肘をついて頭を起こしている彼が、私の長い髪をゆっくりと何度も梳いている。規則的に流れる彼の指の感触に、私はうっとりと身を委ねていた。

 彼の均整の取れた上半身や、セクシーな喉仏、私を見下ろす甘い眼差しに慣れる日は来ないみたい。私は今でも、初めて抱かれた日と同じようにドキドキしている。

「はい。お父さんがそうしろ、って。私はもう浩太さんの、えっと……、つ、妻、なんだから彼を一番に考えろって言われました」

 恥ずかしくて“妻”という言葉が小さな声になってしまった。彼がくすりと笑った。

「逢坂麻衣、か……。いいね。照れるけど、すごく幸せな気分だ。これで本当に君は俺のものになったんだって実感する。君が、これまで以上に俺の特別になった、そんな感じだ」

「浩太さん……」

 髪を梳いていた浩太さんの手がするりと頬に滑る。手の甲でさらりと撫で上げられ私はつい、ピクリと反応してしまった。そんな私の様子を見て、彼もまた火がついてしまったのかもしれない。優しい色を帯びていた彼の瞳が濃くなったような気がした。
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