好きだと言ってほしいから
浩太さんと離れて暮らす。そのことが私には心配だった。ずっと一緒にいたのに、日本とアメリカ、海を隔てた遠い場所で別々に暮らすことの方が、私にはずっと不安だった。
だから浩太さんにそうした方がいい、と言われたときは、しばらく落ち込んで彼ともあまり口を聞けなくなった。
でも、悩んで悩んだ挙句、私は気づいた。私はいつも自分のことばかり考えてしまう。彼が私に日本に残った方がいい、と言ったのは、私のためなのだ。そして、彼のためでもある。
私が日本で身近な人たちに支えられながら十ヶ月という妊娠期間を過ごせば、彼も安心して仕事に打ち込めるに違いない。
彼だってあれだけ毎日私に愛情を注いでくれているのだ。彼の愛を感じずにはいられないのに、そんな彼が何の迷いもなく、私を日本に残すと言うわけがない。きっと彼だって、悩んだ末に私にそう提案したのだ。
そう思ったとき、私の胸はまたキュッと締め付けられた。いつも私を一番に考えてくれる彼に、私はどうやって愛を返せばいいか分からなくなったから。
そうして私はそのまま日本に残り、順調に日々を過ごした。浩太さんはアメリカに戻った。
時差があるから大変だったけれど、テレビ電話で私のお腹の様子を伝えたり、浩太さんの生活を知りうることができた。それに、少し長い休暇のときには、浩太さんは日本に戻ってきてくれた。
いよいよ出産という頃になると、彼は特別長い休暇を取って帰国し、私に付き添ってくれた。この休暇を取るために、彼がそれまでにどれだけ無理をしたかと考えると胸が苦しくなったけれど、彼が傍にいてくれることは、初産の私には確かに心強く安心できた。
そうして私たちは新しい家族を迎えることになった。あんなに幸せだと思ったのは初めてだった。浩太さんと結婚したときも、もちろんそれまでで最高の幸せだったけれど、大好きな浩太さんの子供を産むということが、これほど感動するとは思わなかった。
だから浩太さんにそうした方がいい、と言われたときは、しばらく落ち込んで彼ともあまり口を聞けなくなった。
でも、悩んで悩んだ挙句、私は気づいた。私はいつも自分のことばかり考えてしまう。彼が私に日本に残った方がいい、と言ったのは、私のためなのだ。そして、彼のためでもある。
私が日本で身近な人たちに支えられながら十ヶ月という妊娠期間を過ごせば、彼も安心して仕事に打ち込めるに違いない。
彼だってあれだけ毎日私に愛情を注いでくれているのだ。彼の愛を感じずにはいられないのに、そんな彼が何の迷いもなく、私を日本に残すと言うわけがない。きっと彼だって、悩んだ末に私にそう提案したのだ。
そう思ったとき、私の胸はまたキュッと締め付けられた。いつも私を一番に考えてくれる彼に、私はどうやって愛を返せばいいか分からなくなったから。
そうして私はそのまま日本に残り、順調に日々を過ごした。浩太さんはアメリカに戻った。
時差があるから大変だったけれど、テレビ電話で私のお腹の様子を伝えたり、浩太さんの生活を知りうることができた。それに、少し長い休暇のときには、浩太さんは日本に戻ってきてくれた。
いよいよ出産という頃になると、彼は特別長い休暇を取って帰国し、私に付き添ってくれた。この休暇を取るために、彼がそれまでにどれだけ無理をしたかと考えると胸が苦しくなったけれど、彼が傍にいてくれることは、初産の私には確かに心強く安心できた。
そうして私たちは新しい家族を迎えることになった。あんなに幸せだと思ったのは初めてだった。浩太さんと結婚したときも、もちろんそれまでで最高の幸せだったけれど、大好きな浩太さんの子供を産むということが、これほど感動するとは思わなかった。