瑠璃子
不思議な娘『瑠璃子』
施設を後にした上岡とマリーは歩きながら先程のことを話す。

  それにしても先生、よく思い切ったわね、あたし見直したわよ!

マリーの言葉に上岡は苦笑する。

  フフっ、褒めたって何も出やしないぜ。

  そういうつもりっで言ってるんじゃないわ、本当に見直したの、
  でも、大丈夫? 本当に払ってあげられるの?

心配するマリーに上岡はニヤリと笑う。
上岡は内心で算段する、私立の学費を月五万として、
年間で六十万、三年間通ったとして百八十万、それに入学金百万としても、
二百二十万のカネが残る、それを制服やカバン、参考書やその他経費に当込めば充分に賄える、
それに当選金など所詮はあぶく銭だ、どうせ使うなら、世のため人のために使ってみるのも悪くない、

  ん? 僕に払えるかってか? 見損なっちゃこまるね、
  学費くらい払って見せるよ。

上岡の言葉に安心したのかマリーはホッとするように、

  そう、でも良かった、これで瑠璃子ちゃん学校に行ける、
  でも、瑠璃子ちゃんは不思議な子ね・・・。

  不思議な子?

  そう、不思議な子よ、あの子は・・・。

マリーは以前に矢野から聞いた話を聞かせ始める、それは不思議な話だった。
十五年ほど前のこと。
矢野が施設の職員だった或る日のこと。
所要の帰りに公園を通りかかった矢野は、
花園の中で赤ん坊の泣き声を聞く、まさかと思って花園に入っていくと、
白い布に包まれた赤ん坊を発見する、
まさか赤ん坊の置き忘れとも思えない矢野は周囲を見回すものの誰もいない、
どうやら捨て子と判断した矢野は花園から赤ん坊を拾い上げあやしていく。
次第に泣き止む赤ん坊はそのうち笑い出す、
それがなんとも可愛く感じた矢野は、
ふと、気配を感じて後ろを振り向くと一人の女が立っている、
白い着物のような風変わりな服装の女は矢野を見つめると、

  その子の名前は榊原瑠璃子、幸せを運ぶ娘、どうかよろしくお願いします。

深々と頭を下げてくる、矢野は女の言葉が理解できず、

  え? なんです?

女に問おうとすると赤ん坊がぐずつき始めるので慌ててあやし、
女に事情を聞こうと顔を上げた途端、そこには誰もいない、
つい、今さっきそこに立っていた女がいない、
驚いて周囲を見回してもどこにもいない、
けったいなこともあるもんやと首を捻るが、それよりこの赤ん坊を見つけた以上、
保護して急いで警察に通報しなければならない、
矢野は女の事より赤ん坊の処置を優先させた。

  これが瑠璃子ちゃんが発見された時のことなんだって、不思議な話しよね。

マリーの話を聞いた上岡も、

  確かに不思議な話だ、で、その女というのは見つかったのかい?

  いいえ、それっきり・・・。
  でも、その後で瑠璃子ちゃんが施設に引き取られることになると、
  施設の責任者が高齢を理由に引退して矢野さんが責任者に抜擢されたわ。

  ふぅん・・・。
 
  それだけじゃないわよ、赤ん坊が引き取られたということを耳にした市民が
  役所と掛けあってくれて、閉鎖されていた保育所に移転することになったの、
  そのお掛けで比較的設備の整った場所に移転できた、
  それまでの施設に比べて随分と生活環境が良くなったわ。

  今の施設かい?

頷くマリーに上岡は、不思議な話があるものだと感心しながら帰路についた。
その日の夕方。
瑠璃子が学校から帰ってくると、さっそく矢野は園長室に瑠璃子を呼ぶ。
 
  なんでしょうか?

ソファに座る矢野は瑠璃子を一瞥すると座るように促す。

  まぁ、そこへ座れ

自分を呼び出した理由が判らない瑠璃子は怪訝に思いながらも言われた通りに座る。

  瑠璃子、喜べ! おまえ、学校にいけるんやで!

  え?

驚く瑠璃子は矢野を見つめる。

  お前の学費を出してくださるという人が現れたんや。

その言葉を聞いたとたん狂喜する瑠璃子。

  ほ、本当なんですか!

  ああ、ほんまや、おまえ、もう危ない事する必要ないんや。

  あ、あの、どんな人なんでしょう、学費を出してくれるという人は?

矢野は笑みを浮かべながら、

  フフフ、誰やと思う?」
 
  わ、わかりません・・・。

  上岡はんや。

  か、上岡さん?

  判らんか? おまえの交際相手になった御人や。

瑠璃子は咄嗟に思い浮かべる。

  え? 先生が!

驚く瑠璃子に矢野は静かに告げる。

  せや、上岡の先生や、先生はな、
  お前の身の上を聞いて学費を出してくださることになったんや、
  ええか瑠璃子? よう先生にお礼言うときや。

  は、はい!

学校へ行ける!
込み上げる喜びは瑠璃子の心を一杯に満たし、
そして希望と言う光が心を照らしていく。
瑠璃子は部屋に走り戻っていくと、
制服の胸ポケットに差し込んでいる万年筆を抜き取りじっと見つめる
そしてあのときの言葉が心に蘇る。

・・・辛い時や悲しい時、挫けそうな時にこの万年筆にお願いするのさ、
   きっと神様が願いを聞いてくれる、そして頑張るんだ!・・・

瑠璃子の目に涙が浮かんでくる。

神様はいる!
間違いなくいる!

初めて流す喜びの涙。
嬉しい時にも涙が流れることを生まれて初めて知った瑠璃子。
手にした万年筆をそっと胸に抱きしめる、
そして瑠璃子は万年筆の神様に感謝する。
自分の願いを聞き入れてくれた神様に、
そしてこの万年筆をくれた人に、自分を助けてくれた人に・・・。
< 11 / 14 >

この作品をシェア

pagetop