瑠璃子
矢野の反撃
暫く沈黙の時間が流れると矢野は思い口を開け始める。

  上岡はんと言うたな、あんた・・・、何が目的や。

口を開き始めた矢野に上岡は静かに答える。

  目的ですか、それはあの娘からカネをハネてる悪党を突き止めることですよ、
  知っているんでしょ? そいつが誰なのか教えてください。

上岡の話に笑う矢野。

  フッ、あんさんまだそんなことを、そんなもんおらんで、
  ワシもマリーはんも、誰もあの子からカネなんかハネとらん・・・。

  ん? そんなはずないでしょう?

  上岡はん、あんた何か勘違いしとるな、そんなのはあんたの思い込みや、
  瑠璃子が稼いだカネは全部瑠璃子のものや、誰も取りあげたりせんわ。

するとマリーも同様に、

  そうよ、あの子のおカネなんか誰も取ったりしてないわ。

マリーの言い分に納得できない上岡は、

  まさか、それならあの部屋はどうなんだ? 
  いくらなんでもタダで部屋を使わせているなんて誰が信じる? 
  どうせ店のオーナーが使用料と称して巻き上げてるんだろう?」

  違うわよ・・・。

溜息交じりに答えるマリー、すると矢野が、

  上岡はん、マリーはんの言う通りや、オーナーさんもカネなんかハネとらん、
  ワシもマリーはんもオーナーはんも、
  みんなあの子のために力を貸しとるだけや、
  それだけの話しや。

  力を貸してる?

怪訝に問う上岡に矢野は吹っ切れたように答える。

  せや、みんなであの子ために力貸し取るだけや・・・。

上岡は半ば呆れる。

  力を貸してるって・・・、なにを言ってるんですか、
  中学生に援助交際などさせるなど言語道断でしょう!
 
  言語道断? なにが言語道断や、ほかにどんな方法があると言うんや?

開き直ったような矢野の言動に腹立たしくなる上岡は、
 
  他に方法があるでしょうが!

  ほう、どんな方法があるんや? ええか、十五歳の小娘が、
  短い期間でまとまったカネ手に入れるためにどんな方法があると言うんや?

  奨学金制度があるでしょう。

上岡の言葉に鼻で笑う矢野は、

  フハハハハ、そんなもんが役に立つんやったら、
  あんたに言われんでもとっくに使っとるがな。

上岡はマリーの話を思いだす、この矢野と言う人物、なぜか役所側が難色を示しているという、
上岡はこの点を突いてみる。

  そうですか、しかし、矢野さん、
  話によれば貴方は役所から難色を示されているそうですが、なぜですか?

矢野はあさってを向きながら、

  それがどないしたんや、あんたに関係のない話や。

  矢野さん、貴方には過去にも現在にもやましい点は何一つない、
  それどころかこの施設運営のために身を挺していると聞いています、
  そんな貴方に役所が難色を示すなんておかしいじゃないですか、
  僕は不当だと思いますよ。

  で、だからどうせ言うんや・・・。

  話を聞く限り、矢野さん。
  貴方に対する役所側の差別的対応は誰が考えても不当でしょう、
  考えようによっては憲法違反ですよ、こんなことに泣き寝入りしていないで、
  法的手段に訴えて闘うべきですよ!

言葉に力を込める上岡、だが矢野はそんな上岡を鼻であしらう。

  フン、あんさん、よう考えてものいいなはなれ、法的手段などと言うとるがな、
  相手は役所や、公権力やで、
  そんないなもん相手に闘って勝つのに何年かかると思うとんのや? 
  よしんば勝ったところで、そんとき瑠璃子は歳いくつになっとると思う? 
  学校入る時期なんかとっくに過ぎてるで。

  しかし・・・。

矢野は上岡の言葉を遮るように、

  しかしも案山子もあるかいな、上岡はん、ええか? 
  どんな正論並べようがご立派なご宣託垂れようが、
  カネがなければどうにもならんのや、
  正論唱えてなんとかなるんやったら、瑠璃子はおろか、
  この施設の子供たちみんなええ学校行かせたるわ、
  世の中の人間は口では尤もらしいことを言うが、
  口先でご立派なこと言うとるだけで何もせえへん、しようともせん、
  あんたも同じや、口先でご立派なことを言うとるだけでなにもせえへん、
  しようともせん、違いまっか?

  違いますね、すくなくとも援助交際などさせるべきではありません。

  あんたも分からん御人やな、それならどうやってカネを手に入れるんや?
  会社が瑠璃子を高い給料で雇ってくれるんでっか? 
  あんたとこの出版社で瑠璃子に高級払って雇いまっか? 
  それとも奇特な誰かが瑠璃子のためにカネを恵んでくれるんでっか? 
  はっ、誰もカネなんか出させえへんで、
  誰も出せんなら自分で稼ぐしかないやないか、
  だからワシらは瑠璃子がカネを稼げるよう力を貸しとるのや、
  あんたはワシらを管理売春と非難するがな、
  こんなこと瑠璃子一人に勝手にさせたら、
  一体どないなことになると思うとんのや? 
  それこそあんたが言うように悪い男に引っ掛って
  稼いだカネ全部巻きあげられるで、
  それだけやない、無理やり何人もの相手をさせられ
  身も心もボロボロにされてまうで、学校どころの話しやなくるんや。
  そうならんためにもワシらが瑠璃子をガードしとるんや、
  ワシらのやっとることがけしからんと言うなら、
  上岡はん、あんたが瑠璃子のために学費を払ったらどないや? 
  払えまっか? カネを出せまっか? 
  出せへんやろ、出せんのやったら口挟まんでもらいたいわ!

矢野の言葉に上岡は言葉を詰まらせる、確かに矢野の言うことにも一理ある、
世の中口では尤もなことを言うが、そのためにカネを出すかと言えば誰も出しはしない。

  それとな上岡はん・・・。

矢野はソファにふんぞり返ると、

  あんた、さっきマスコミにリークすると言うとったが、
  リークしたいなら構へんで、どうぞリークしたらええ、
  そうなれば当然ワシら全員パクられる、せやけどな、そんときは上岡はん、
  あんたもタダだは済まんと違いまっか?

  ん? どいうことですか?

問い質す上岡に矢野はニヤリと笑うと、

  上岡はん、あんたやろ? 瑠璃子の相手というのは? 
  とぼけても無駄やで、なぁマリーはん、この男でっしゃろ?

矢野に話を振られたマリーはしどろもどろになり俯く、そんなマリーを見る矢野は勝ち誇るように、

  フフフ、どうやら図星でんな? 上岡はん、あんたは瑠璃子をカネで買うた、
  そして瑠璃子を抱いた、せやろ? 
  幼気な少女をカネで買うてその若い体を貪ったそのあんたがや、
  マスコミにリークするだの法的手段に訴えるだの片腹痛いで、
  あんた自分がしたことをよう考えや、
  ワシらがパクられるんならあんたもパクられるんや、
  それだけやないで、有名出版社の記者が少女をカネで買うたと、
  他のマスコミはあんたを徹底的に叩きまくるやろな・・・。

  うっ・・・・。

今度は上岡が青ざめる番だった、ぐうの音も出なくなった上岡を矢野は鼻でせせら嗤う。

  フン、自分のしたことを棚に上げて偉そうなこと言いなはんな、
  上岡はん、ここまで来たらワシらもあんたも同罪や、
  一蓮托生共に地獄へや・・・。

矢野はタバコに火を点けると一服しその煙を上岡に吐きかける、
最早言い返すことも何もできなくなってしまった上岡は成す術もなく項垂れる。
そんな上岡に矢野は告げる。

  上岡はん、そういう訳や、手を引くんなら今のうちでっせ、
  今ならワシらも目を瞑るよって、どうでっか?

  手を引くって、僕か手を引いたらどうするんです?

  せやな、あんたの代わりにもっと良い誰かを瑠璃子に当てるだけや。

矢野の言葉に上岡は心穏やかでなくなる。

他の男を瑠璃子に当てる?
瑠璃子が他の男に抱かれる?
瑠璃子を抱いたときのあの甘く官能的な髪の毛の匂い・・・。
目を閉じた瑠璃子の可愛らしく愛おしいあの安らかな顔・・・。
それが全て他の男に・・・。
上岡の心に耐えられない感情が湧き起こる。
そんな上岡の心を知る由もない矢野は、

  マリーはん、もうええで、こんなケチな男さっさと手引かせて、
  もっと他の良い相手を見つけようやないか、そのほうが瑠璃子のためやで。

ケチな男?
そのほうが瑠璃子のため?

矢野の言葉に火が付いた上岡は噛みつく。

  なんだと? ケチな男とはなんだ!

  なんや、ケチやからケチと言うたまでや、なんか文句あるんかい?

  うぬっ・・・。

言わせておけばこのジジイ!

頭に血が上る上岡、だが、自分の心に瑠璃子の言葉が過る。

・・・わたしには神様がいる・・・、
・・・・この万年筆にお願いしたの、必ず学校に行けますようにって・・・。

黙っていようとしていたが、売り言葉に買い言葉よろしく言い放つ。

  よぉし判った! そこまで言われたら僕も男だ! 
  瑠璃子の学費は僕が出す!

思いがけない言葉に驚くマリーは思わず上岡を凝視する。

  せ、先生!

矢野も驚く顔で上岡を凝視する。
 
  な、なんやて!

上岡は驚く矢野を見据える。

  僕が瑠璃子の学費を出すと言ってるんですよ、聞こえないんですか!

  あ、ほ、ホンマか? あんた、いや、上岡はん、
  あんさん本気で言うとるんか?

  ああ、本気ですよ、僕も男だ、二言はない!

言い切る上岡に狼狽えはじめる矢野は、突然ソファから起つとその場に跪き上岡の手を握りしめる。

  ほ、ホンマに出してくれはるんでっか! ほ、ホンマに!

矢野の目に涙が滲み出す。

  あ、あんさん、仏様や、いや、神様や、おおきに、ホンマにおおきに・・・。

矢野は涙ぐむ声で上岡の手を握りしめ、そして腕で涙を拭う。

  あ、ありがたいこっちゃ、なんてありがたい・・・、
  マリーはん、あんた、ええ人を瑠璃子に選びなはなったな・・・、
  ワシ、涙が出てくるで、ううっ・・・。

ついさっきまでケチな男と貶していた矢野が
今度は一転して男泣きしながら褒めちぎる。
この変わり様に半ば呆れる上岡は静かに告げる。

  瑠璃子の学費一切は僕が面倒見ます、しかし、それには条件があります。

  条件? どないな条件でっしゃろ? 
  瑠璃子のために学費を出してくださるならどんな条件でも飲みまっせ!

矢野の言葉に上岡は意外な思いを感じる。
この矢野という男、口は悪いが根は善人らしい・・・。
矢野は矢野なりに瑠璃子の身を案じていたのだろう、でなければ男泣きなどするはずがない。

  そうですか、では条件を言いましょう、
  瑠璃子を他の男に指一本触れさせないで欲しい、それが条件です。

その言葉に思わず上岡を凝視するマリーと矢野。

  せ、先生・・・。

  な、なんや、そんなの当然やおまへんか! 
  瑠璃子を他の男なんかに触れさせませんで! なぁ、マリーはん!

  え、ええ・・・。

  これからは瑠璃子に悪い虫がつかんよう、
  ワシらががっちりガードするさかい、
  上岡はん、どうか心配しないでおくなはれ!
  ワシらもできる限りのフォローをしていきまっせ!

上岡の手をがっちり握りしめる矢野、するとその手にマリーが手を添える。

  仕様がないわね・・・、あたしもフォローするわよ。

こうして上岡と矢野、そしてマリーの三人に奇妙な連帯感が生まれる。
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