瑠璃子
思わぬ再会
上岡は無名だが一端のライターとなり週刊誌記者としての日々を送っていた。
だが、上岡は仕事に励む反面その私生活たるや女遊びに耽るという不埒で乱脈な自堕落なものだった。
仕事を除けば頭の中は女のことばかり、三度の飯より女が好き。
とにもかくにも暇さえあればスケベなことばかり考える色事師さながらの男だった。
そんな上岡に或る日のこと、馴染みの風俗店Lの店長マリーから或る話しを持ち掛けられる。
風俗店Lの店長マリー、彼女は元風俗嬢だった。
現役時代は指名率ナンバーワンの人気嬢で長らくその座を維持してきたが、
或る事故が原因で腰を痛めてしまいやむなく現役を退くことになった。
現役を退いたものの他にやれることも行くあてもないマリーは困惑し意気消沈してしまう。
そんなマリーを不憫に思ったのかL店のオーナーは現役時代にドル箱として店の売り上げに長らく貢献し、
今なおカムバックを望むファンが多いことを評価したのか、
特別の計らいでマリーにL店の経営を任せることにした。
もっとも店を任せると言っても経営などしたことのないマリーに本格的に店を任せるわけではない。
あくまでもマリーの根強い人気を考慮した人寄せパンダとしての利用だった。
要するに看板価値としての利用であり実際の経営は別の部下に任せた。
ところがマリーには商才があったらしく、部下から経営のイロハを教わるとそれを全て正確に習得してしまう。
そんなマリーの能力に驚いたオーナーは彼女を本物の経営者に育て上げ、
ゆくゆくは自分が所有する風俗チェーン店の一部を任せていこうと考えるようになる。
ちなみにオーナーは古川という老齢の男、風俗業界で手広く事業を展開し面倒見の良い男で
人望が篤くしかも闇社会に顔が効くことから知る人ぞ知る業界の実力者だった。
とは言うものの古川は闇紳士ではなく愛国団体の顧問を務める国粋主義者らしい。
そんな威光をバックにL店を経営するマリーの話しなら、一応聞く価値があると踏んだ上岡は、
取敢えずマリーと示し合わせた待合せ場所の喫茶店に足を運ぶ。
マリーが持ちかけた話、なんとそれは援助交際の話だった。

  なんだって? なんの話かと思えば援助交際かい?

笑い出す上岡にマリーは、

  うん、笑わないでよ、こっちはマジなんだからさ、それに先生はよくあたしに言ってたじゃない、
  もっと若いコとエッチしたいって、だから先生に話を持ち掛けてるんじゃないのさ、判る?

  ああ、そのことかい? まぁ、確かにそんなことも言ったけどさ・・・。

上岡は冗談話として聞き流そうとするが、妙にマリーが熱心に勧めてくるためか興味を感じる。
 
  ふぅん、で、その若いコって、どんなコなんだい?

マリーは周囲を憚るように上岡に耳打ちする。
 
  あのね・・・。

マリーの話によれば相手は少女で中学生だという。
  
  な、なんだって!

突拍子のない話に驚く上岡は、
 
  中学生? おいおい冗談もほどほどにしてくれよ。

  冗談なんかじゃないわ、それに冗談でこんな手の込んだことする訳ないでしょう?

真顔で話すマリーに、それもそうだと話半分で訊いてみる。
  
  で、その中学生にいくら援助すればいいのさ?

上岡の問いにマリーは指三本立てる。
  
  ん? 三万円?

頷くマリー。
 
  三万円で中学生と援助交際だって?

確かに上岡は若い女を抱きたいとは言った、だが、こともあろうに相手が中学生とは聞いて呆れる。
いくらなんでも若過ぎる、というよりこんな話しはヤバすぎる。
まかり間違えれば未成年者との淫行でお縄頂戴だ。
  
  マリー、その話、ちょっとヤバいんじゃないの?

警戒心を露わにする上岡にマリーは慌てるように首を横に振りながら、

  ううん、大丈夫、絶対にバレない、保証するわ!

  保障すると言ってもなぁ・・・。

腕組みして難色を示す上岡は暫く考える、どうにも信じがたい話だ。
それによくよく考えればどこかおかしな話でもある。
思案する上岡は暫くすると閃きが湧き起こり内心ニヤリと笑う。

フフフ、こんな話はウソに決まってる・・・。
大方セーラー服を着た中年女の訳ありだろう・・・。

腹の中で笑う上岡は、なんとなくネタになりそうな気がすると、モノは試と話に乗ることにした。
 
  話は判った、で、待ち合わせ場所は?

  うん、JRのY線I駅北口よ。

  ああ、もしかして階段の近くに電話ボックスが並ぶ場所?

  そうそう、その場所。

話しを聞いた上岡は一旦マリーと別れると、さっそく待ち合わせ場所に行くことにした。
当時この場所は援助交際目当ての未成年少女が屯する場所として知られていた。
周囲を診れば確かに待ち合わせを装うタチンボらしき少女が目につく。

  なるほど、話に信憑性を持たせるには持って来いの場所だな。

本当のところ上岡はマリーの話など信じていない。
そんなことよりどんなオバケがどんな訳ありで現れるかに興味があった。
そしてそれをネタに性風俗に染まる中年女性を題材にした社会派の記事を、
モノにしてやろうと野心のために来ていた。
どのくらい待っただろうか。
一台のタクシーが路上に現れるとハザードを点滅させながら上岡の傍に停車する。
客を降ろすのだろうと何気なしに見ていると中からマリーが降りてくる。
  
  タクシーで案内するわ、乗って。

  そう、で、場所はどこ?

  それはヒミツ、ウフフフフ。

笑うマリーはゴーグルのようなサングラスを出すと、
  
  はい、これ掛けて。

上岡はサングラスを手に取ると、

  なにこれ? こんなものどうするの?

  いいからサングラス掛けなさいよ。

上岡は言われるままにサングラスを掛けて驚く、真っ暗で何も見えない脇目も見えない。
全く何も見えないサングラスに、
  
  おいおい、なんなんだこのサングラス?

フェイクな話にしては念入りなことに苦笑する上岡は、
あまりのバカバカしさにサングラスを外そうとするとマリーは強い口調で、
 
  ダメよ外しちゃ! いいと言うまでそのサングラスを掛けるのよ、わかった?

  ハイハイ。

マリーは笑いながら返事をする上岡の手引きタクシーに押し込むように乗せて行く。
マリーが隣に乗り込むと、
 
  じゃ、運転手さん、出してくれる?

  はい、最初に聞いた場所ですね?

  そうよ、お願い。

何も見えない上岡を乗せて走り出すタクシー。
視覚を絶たれているためかタクシーの走行音が妙に耳に響く、
真っ暗な闇の中で聞こえては遠くへ去っていく外界の音響、
過ぎゆく音響は自分を何処かへ連れ去っていくのではいなかと不安にさせる。
いったい何処へ行くのだろうか?
時間にして十分足らず、タクシーが停車するとマリーは、
 
  ここで降りるからね。

マリーはドアを開けと降りると上岡の座席側に回り込みドアを開ける。
マリーは上岡の手を取ると引っ張り出すようにタクシーから降ろす。
何処に着いたのか皆目見当がつかない上岡は成すがままに手を引かれていく。
すると自動ドアが開くような音が聞こえる、マリーは上岡の手を引きながら中に入り歩き出す。
或る程度歩いて行くと突然立ち止まる、そして暫くするとピンポンという音が聞こえる、
どうやらエレベーターの前にいるらしい、
ドアの開く音が聞こえるとマリーは上岡の手を引きエレベーターに乗り込んでいく。
ドアが閉まり上昇する感覚から、どうやら高層の建物に連れ込まれたらしいことが分かる。
  
  ここはどこなんだ?

  もうすぐわかるわよ。

エレベーターが止まるとマリーは上岡の手を引きながら降りて暫く歩く。
そしてあるところで立ち止まると、ガチャリというカギを開ける音がする。
マリーはドアをあけ上岡を入れドアを閉める。

  いいわよ、外しても。

マリーの許しが出たので上岡はサングラスを外す。
するとそこは玄関内らしく、見回すとマンションの一室らしいことが分かる。
  
  どこなのここは?
 
  見ての通り、マンションよ。
  
  マンション? どこのマンション?

  どこだっていいじゃない、余計な事聞かないでこの部屋で待ってて、今から呼んでくるから。

マリーはドアを開けると、
 
  勝手に部屋から出ちゃダメよ、わかった?

ドアを閉め出ていくマリー。
上岡は自分がどこへ連れてこられたのか知りたくなると、そっとドアを開けて外を見る、
すると高層マンションが建ち並ぶ光景が目に入る、そして表札を見ると無記名だ、
ただ部屋番号があるだけ・・・。
ドアを閉めると部屋に上がり窓のカーテンを開けて外を見てみる。
するとそこにも高層マンションが建ち並んでいる、どうやら大規模マンションの一室に連れ込まれたらしい。
部屋を見回すとリビングらしく、ソファにテーブル、テレビや家具、調度品、
リビングを出るとそこはダイニング・キッチンで冷蔵庫や電子レンジに食器棚、
ダイニング・キッチンの隣は洒落たバスルームに洗面台、そしてその下には籠の中にバスタオル類、
そしてトイレ、その向かいの部屋はダブルベッドが置かれた寝室になっている。
どうやら生活に必要な物が一通り揃っているらしく部屋数からして2LDKのマンションらしい。
ソファに座る上岡はリビングを見回しながら考える。

誰のマンションだろう?
それに実に手の込んだ演出だ・・・。

上岡は思わず笑い出してしまう。
  
  ここまでやるか?

独り呟く上岡、すると玄関からピンポンとチャイムの音が聞こえる。
 
  さぁて、どんなオバケが現れるかな・・・。

ニヤニヤしながらドアを開けると上岡はキョトンとする。
そこには学生カバンを手に提げブレザーの制服を着たオカッパの少女が立っている。
色白で目鼻立ちが整った丸顔の可愛らしい少女・・・。
マリーの話など頭から嘘と決め掛かっていた上岡は目の前の少女に現実感が湧かない。
マリーは本当に中学生を寄越したのだろうか?
現実を前にしても尚半信半疑な上岡に少女は、

  こんにちは。

頭を下げて挨拶する。
その挨拶で気を取り直したのか、上岡は返事も漫ろに取敢えず少女を迎え入れる。

莉奈は怪訝な顔で話を聞いている。
かつてはノーベル賞候補にまでノミネートされた上岡がこともあろうに援助交際の体験話を聞かせている、
しかもその相手が中学生・・・。
到底信じがたい話だが、本人が真顔で話している以上、ウソとも言えない。
  
  あの、先生、もしかするとその少女が・・・

莉奈の問いに笑みを浮かべる上岡は、

  お察しの通り、それが妻との再会でした。

耳を疑うような話に絶句する莉奈は言葉を詰まらせるかのように、

  そ、それじゃ、先生の奥様は・・・。

  そう、私が昔助けた女の子、そして援助交際したその中学生ですよ。

  まさか!

絶句する莉奈は、上岡の穏やかな顔を思わず凝視する。
  
  し、信じられません・・・。

  信じるも何も、私はありのままをお話しているのです。

  そ、そうですか・・・。

愕然とする莉奈に上岡は語る。

  驚かれるのも無理ないでしょうね、こんな話は誰が聞いたって信じはしません、
  でもこれは本当のことなんですよ、もっともその時点ではまさかその中学生が
  私の妻になるなんて、夢にも思いませんでしたよ。

気を取り直す莉奈は、
  
  あの、どういう経緯で、そのようなことに?

上岡はタバコを取り出すと、
 
  ちょっと、一服よろしいですか?

  え? ええ、どうぞ・・・。

タバコを吸う上岡は立ち上る紫煙を眺める。
  
  その中学生が私の妻になった経緯ですが、実はこれにはいろいろと深い事情がありましてね・・・。
   
  それはどのような?

  その中学生自体が、実は訳ありの娘でしてね・・・。

上岡は語り出す。
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