瑠璃子
再会した女の子は風俗嬢
少女を玄関に入れた上岡は、
  
  どうぞ。

部屋に上がることを促すと少女は、

  はい。

ちょこんと頭を下げると靴を脱いで揃える。
なかなか几帳面らしい、上岡は少女をリビングへ通すとソファを勧める。
少女らしい仕草でチョコンと座るその姿から、チャーミングだが物静かな感じのどこか控えめな少女らしい、
そんな少女を見ていると何か不思議な気分になってくる。
ソファに座る少女を一瞥する上岡は、こんな子が本当に援助交際などしているのか極めて疑問に思えてくる、
本当は何も知らずに悪い大人に騙されて、何をするのかも判らず連れて来られたのではないか?
どうにも信じがたい上岡は少女をつぶさに観察する。
やはりどう見ても中学生にしか見えない。
内心驚きながらも疑念が過る、それは女の見た目と年齢は随分と異なるからだ。
小娘のような容姿が実際にはかなり歳を喰っている場合がある。
現に上岡はそんなオバケに何度か遭遇している。
しかし、目の前のソファに座る少女、そのスッビンの顔はどう見てもまだ幼い。
本当に中学生なのだろうか?
まさかと思いながらも少女に年齢を尋ねてみる。

  キミ、いま幾つ?

  十五歳です。

  ふぅん、中学生?

  はい、三年生です。

中学三年生?
本当だろうか?

上岡は内心訝りながら名前を訊いてみる。
 
  名前はなんていうの?

  瑠璃子といいます。

上岡は制服の上から少女の体型をそれとなく観察しながら、

  ふぅん、瑠璃子さんと言うの、いい名前だね、瑠璃子ちゃんと呼んでいいかな?

  はい。

  僕のことは、取りあえず先生と呼んでくれればいいよ。

  先生? 学校の先生なんですか?

驚く少女に上岡は笑いながら、
 
  いや、そうじゃない、物書きさ。

  物書き?

首を傾げる少女に、
 
  そう、物書きさ、物書きの先生さ。

  物書きの先生?

クスリと笑う少女の体型に目を這わせる上岡。
処女太りを思わせる肉付きのいいちょっと太めの体型、胸のふくらみ、腰のライン、
スカートの下からやや太めの足。やはり中学生らしい・・・。
本当に中学生かどうか、それに本当にこれが援助交際なのかどうかは裸にしてみなければ判らない。
本当に裸になるのだろうか?
上岡は確かめてみようと思い立つ。

  じゃあ、シャワーへ行こうか。

  はい。

少女は返事をするとソファから立ち上がり制服を脱ぎ始めていく。
すると背中に大きな痣があることに気が付く、そしてその痣にどこかで見たような覚えが脳裏を過る。

はて? どこかで見たような痣だ・・・。
どこで見たのだろうか・・・。

そして脱いだ制服の上着からポトリと黒いものが落ちる、それに気が付いた上岡は、
  
  ん? 制服から何か落ちたよ。

上岡の言葉に気が付いた瑠璃子は落ちた物を拾い上げる、それは古い万年筆だった。
見覚えのある万年筆、大学時代に使用していたカートリッジ式万年筆とよく似ている。
上岡は懐かしさを感じると少女に問う。

  ねえ、それ万年筆かい?

瑠璃子は上岡を見ると、

  はい、そうです。

  そう・・・、ねえ、ちょっと見せてくれる?

上岡は瑠璃子から万年筆を受け取ると、思わず凝視する。
万年筆に刻まれたKのイニシャル、紛れもなく大学時代に使用していたカートリッジ式の万年筆だった。
なぜこの万年筆を瑠璃子が持っているのだろうか?
記憶を辿り始める上岡に瑠璃子は、

  それ、わたしの宝物なんです。

  宝物?

  はい、わたしが小学生の頃、男の子たちに虐められているところを
  助けてくれた人がいたんです、そしてその人はこの万年筆をわたしにくれました。
  この万年筆には神様が宿っているって・・・。

瑠璃子の話に上岡は突然思い出す。

そうだ!
自分が大学生の時に助けたあの時の女の子だ!
それにあの背中の痣!
間違いない、あのときの女の子!

驚き愕然とする上岡は服を脱ぐのをやめるとソファに座り込んでしまう。

なんてことだ・・・。
まさかこんな形で再会するなんて・・・。

思わず上岡は頭を抱え込んでしまう、そして目の前の瑠璃子に申し訳ない気持ちが湧き起こる。
頭を抱え座り込む上岡を怪訝に感じる瑠璃子は、

  あの、どうしたんですか? 気分でも悪いんですか?

静かに話しかける瑠璃子に、

  ん? いや、まぁ・・・。

適当に誤魔化す上岡は、制服を脱ぎ続ける瑠璃子に、

  なぁ、服は脱がなくていいよ・・・。

  え!

上岡の言葉に驚く瑠璃子。

  でも、それでは・・・。

困惑し言い掛ける瑠璃子に上岡は静かに告げる。

  いいよ、裸にならなくても、それより今日はお話をしようよ、さぁ、そこに座って。

瑠璃子は何が起きたのか全く分からないまま、上岡の促す通りにソファに座る。
上岡は瑠璃子を見つめると、

  そう、その万年筆はキミの宝物だったんだ・・・。

  はい、辛い時、苦しい時にこの万年筆に祈っていました。

  そう・・・、今でも祈るのかい?

  はい、この万年筆をわたしにくれた人にもう一度会えるように・・・。

  そうか、するとそれはキミにとっては白馬に乗った王子様みたいなものかな?

上岡の問いにはにかみながらコクリと頷く瑠璃子、話を聞いた上岡は胸が詰まる。

自分があげた万年筆を宝物にしていた瑠璃子・・・。
辛く苦しい時にその万年筆に祈っていた瑠璃子・・・。
その神様を信じ、今でも信じている瑠璃子・・・。
そして白馬の王子様の再会を祈る瑠璃子・・・。
上岡はいたたまれない気持ちになる。
万年筆の神様などただの作り話だ・・・。
励ますために咄嗟に浮かんだ方便だ・・・。
白馬の王子様などいない、いるのは瑠璃子を抱こうとした自分だ、薄汚れた自分だ・・・。
その自分が万年筆をあげたなどとどうして言える?
白馬の王子様が汚れた自分だなどとどうして言える?

上岡にはとてもではないが本当の話などできない。
もし本当のことを話せば瑠璃子の心の中の綺麗なものを粉々に砕いてしまう、
上岡は堪らない気持ちになる、興味本位で話に乗った援助交際、
まさかその相手があの時の女の子だったなんて・・・。
ソファにちょこんと座る少女は言い難そうに話しかけてくる。

  あの・・・。

  ん? なに?

少女は俯き加減になると、

  あの、その、援助のほうを・・・。

少女の言葉に上岡は、

  ああ、そうだったね、ごめんごめん、忘れてて。

上岡はジャケットの内側から財布を出すとマリーの言葉を思いだす。

確か三万円で良かったはずだ・・・。

上岡は三万円を取り出すが、今回ばかりは普通の風俗嬢を相手にしたわけではない。
相手は素人の、それも十五歳の中学生だ。
それに考えてみればこの少女を寄越したのはマリーだ、ここで三万円を渡したとしても、
その全額が少女の手に渡るわけではないだろう、マリーが上前をハネなくても、
この少女の斡旋を仕切っている闇紳士が上前をハネるに決まっている、
少女が手にする金は良くて六割、悪ければ半分はハネられる。
そう考えた上岡は一万円札五枚を取り出すと、

  はい、ご苦労さん。

少女の小さな手に渡す。

  ありがとうございます。

チョコンと頭を下げ礼を言う少女、すると手にしたお金に怪訝になる。

  あの、これ、多すぎます。

二万円を返してくる。
妙に正直な少女に感心する上岡は、

  ああ、いいよ、取っておきなよ。

  でも、それは困ります、決められた通りにしないと・・・。

困惑する少女、余計に取ると怒られるのだろうか・・・。
すると少女を斡旋している闇紳士は細心の注意を払ってこの闇商売をしているらしい。

  ふぅ~ん、そうか・・・。

意外にクリーンな闇商売に感心する上岡は、

  じゃあ、こうしようよ。

上岡は少女の手から一旦二万円を受け取ると、

  これは僕の気持ちだ、瑠璃子ちゃんへのお小遣いさ、取っておきなさい。

少女の制服の胸ポケットにそっと二万円を入れてやる。

  でも・・・。

困惑する少女に上岡は笑みを浮かべながら、

  心配いらない、ここには僕と瑠璃子ちゃんしかいないんだ、
  瑠璃子ちゃんが黙ってさえいれば、このことは誰にも分からないことさ、そうだろう?

  そ、それは・・・そうですけど、でも・・・。

上岡の話を頭では理解しても心では納得できないらしいのか少女は相変わらず困惑している。

  ハハハハハ、大丈夫だって!

少女は困惑しながら、

  あの、本当にいいんですか?

  いいから、いいから、取っておきなよ、さ、行こうか。

上岡はソファから腰を上げると少女の手を取り玄関まで送る。
玄関から歩き去る少女は立ち止まると振り返り、

  ありがとう!

可愛らしい笑顔で礼を言う、

  ねえ、瑠璃子ちゃん、キミに会いたくなったらどうすればいい?

上岡の問いに振り返る少女は、

  あ、それならマリーさんに連絡してください。

玄関から出た少女は、さようならと手を振り歩き去っていく。
リビングに戻りソファに座る上岡、この体験をどう考えればいいのか判らない。
煙草を取り出し一服する上岡は考えてみる。
落ち着いて考えてみれば不思議な話だ。
なぜ、あんな少女が援助交際などを始めたのだろうか? 
ヤンキーの不良娘ならいざ知らず、物静かで控えめな感じの少女が・・・。
そもそもなぜマリーはこんな話を自分に持ってきたのだろうか?
それにこの部屋、誰の部屋だろう?

室内を見回していると玄関らチャイムが聞こえる。
どうやらマリーが迎えに来たらしい。
玄関を開けるとマリーがニコニコしながら入ってくる。

  どうだった? 先生。

  ど、どうだったって・・・。

どう答えていいか判らない上岡にマリーは笑みを浮かべながら、

  良かった? 気に入ってくれた?

矢継ぎ早に訊いて来るマリー。

  いやぁ・・・。

上岡の生返事にマリーは怪訝になる。

  なによ、良くなかったの?

  い、いや、そんなことはないけど、ただ・・・。

  ただ? ただ何よ。

上岡は頭を掻きながら、

  いやぁ、まさか本当に中学生がくるなんて、
  僕はてっきりセーラー服着た中年女が現れるものとばかり・・・。

  ちょっと、なによそれ!

上岡の言葉を遮るマリーは柳眉を逆立てながら、

  あたしが先生を騙すとでも思ったの!

感情的になるマリーを宥める上岡。

  いや、そうじゃないさ、でも、驚いたよ、本当に中学生だったんだね、
  小柄でチャーミングな子だったよ。

すると途端に笑顔になるマリー。

  じゃあ、やっぱり気に入ってもらえたのね、嬉しいわ、
  先生に気に入られなかったらどうしよかと思ってたわ。

マリーは例のサングラスを出すと、

  じゃ、これを掛けて。

上岡はマリーから受け取ったサングラスを掛けながら、

  なぁ、マリー。

  なによ。

  あの子に、また会いたくなったらどうすればいい?

  ウフフフフ、先生、気に入ったのね、そうね、取りあえずお店に電話して、
  後はこっちから指示するから。

マリーはサングラスを掛けた上岡の手を引くと部屋から去っていく。
それ以来、上岡は瑠璃子という少女のことがどこか心に残る。
背中の痣・・・。
帰り際のあの笑顔・・・。
まちがいない、あのときの女の子だ。
上岡は瑠璃子と再会してから何かが変わってきた、何がどう変わったかを言葉で言い笑わ
すことはできない、敢えて言うならなんなとく身辺が明るくなった感じだった。
上岡はこの感じに、ふと思う。

この感じ、身辺が明るい感じ・・・。
いつか感じたことがある、どこで感じたのだろうか・・・。

思いめぐらすものの上岡は思い出せなかった。
< 4 / 14 >

この作品をシェア

pagetop