HE IS A PET.
しばらくして、また電話が鳴った。
今度は、職場の上司からだった。
同僚が担当している企業の決算のことで、至急先方に向かって欲しいという急用だった。
電話をしてきた上司は、政治家ジュニアの結婚披露宴に出席するため、その先生の地元に出張中だ。
「で、どうして私なんですか?」
同僚のクライアントであるその企業に、私は出入りがない。
「この件は、先方からの依頼じゃない。俺からの頼みだ。野上が粉飾決算に関わっている可能性が無いか、報告を挙げてくれ。内密な情報だが、週明けに証券取引監視委員会が監査に入るらしい」
証券取引監視委員会と聞いて、事の大きさを把握する。
粉飾決算自体は罪に問われないケースも多いが、上場会社となると責任の重さが違う。
「分かりました、すぐに向かいます」
一旦事務所に寄り、先方の資料に目を通し、ロッカーに置きっ放しの紺色ジャケットを羽織る。
急な顧客訪問にも対応できるように、私服は『シャツかVネックのカットソーに、黒いパンツルック』が基本だ。
悪趣味なグラム・ロックバンドでコスプレしていた頃とは、違う。
まあ、あの頃は『公認会計士』になるための勉強でストレス溜まり過ぎて、それを発散する手段として馬鹿やってた気がする。
仕事モードにチェンジした私は、先方へ電話を入れ、そつなく挨拶と表向きの要件を伝えた。
上司の根回しもあり、監査に伺う了解はすぐに取れた。先方も不穏な空気を察知している様子だった。