HE IS A PET.
「いまお風呂……だけど、無理……」

 怜のくぐもった声が何度も『無理』を伝える。何やら不穏な空気だ。


「やだって、アズミ。許して……無理だって」


 困ったような声は、今にも泣き出しそうだ。

 久しぶりの電話だというのに、何を言ってそんなに困らせてんだか。

 割り入って取りなしてあげようと思い、扉を引いた手が、硬直した。


「んっ……ぁ」

 聞いたことのない怜の声がした。吐息混じりの、甘く濡れた声。


「んっ、あず……み」


 切なく飼い主の名を呼んで呼吸を乱す怜は、目を瞑ってスマホを耳に当て、もう片方の手を口元にやっている。

 少し開いた扉の間から、私が覗き見していることにはまるで気付かず、熱心に指しゃぶりしていた。


 恍惚とした表情で舌を出し、自らの指をねぶって愛撫するその行為は、何とも背徳的で、見てはいけないものだった。

 濡れた指先が、性急に違う場所へと這わされる。


 私は息を殺したまま、静かに扉を閉めた。



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