HE IS A PET.


 決算の峠を越え、本来なら落ち着くはずの今頃、私たちは超忙しい。
 
 野上くんが抜けた穴を、長尾さんと私で埋め合うことになったからだ。

 上司も対外的な取り繕いに追われている。


『粉飾決算を見逃した監査人』となった野上くんは、法的な罪には問われなかったものの、社内措置として『再研修』という名目の出向に出された。

 二ヶ月後に帰って来る。それまで今のメンバーで回していくしかない。

 別に忙しいことは嫌いじゃない。
 課題が目の前にある限り、それを遂行していくことだけを考えればいい。



 午前中の外回りを終え、郊外のカフェで一人遅めのランチを取っているとき、お得意様から電話が鳴った。
 病院を経営する医者夫妻の、奥様の方からだった。


「もしもし、倉橋さん? 突然ごめんなさいね、悪いんだけど、今から病院に来て頂けないかしら。うちじゃなくて、義父の入院してる方の病院ね」

 この夫人の呼び出しはいつも急だ。
 予定が立てられないのは、仕事柄仕方ないとは思うけれど、相談内容が決まって『どうやったら一円でも損をしないか』に終始していて、正直げんなりする。

 まあ、それが私の仕事なんだけど。

『経営コンサルタント事務所』のメイン事業は、会計監査ではなくてコンサルティング業務だ。

 お金持ちの、お金を減らさないように助言するのが仕事。


 ここからの距離と午後からの予定との兼ね合いを考えて、

「二時から二時半の間で、お伺いします」

 とお答えした。





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