HE IS A PET.


 おずおずと前に進み出て、平林夫妻の隣に並んだ。


「……先生」

 おじーちゃんと呼びかけられる雰囲気は、今ここにはない。


「何か、したいことはありますか? 私にお手伝いできることがあれば、仰って下さい」


 土気色の唇が微かに動いた。


「……い」

「い?」

 
 平林夫人が身を乗り出す。


「いちじく……タルト……」


「いちじくタルト? 食べたいんですか? どこに売って…」

「父さん、それは後で買って来るから。先に大事な話をしよう」

「ねえ、義父はこの調子だし、実印があれば名義の書き換えはできるのかしら」


「いえ、それは前にもご説明申し上げたように、ご本人様の同意と自筆を必ず頂くようになっておりますので……最近はコンプライアンスが厳しくてですね」

 
 そんな話より、おじーちゃんの話、何で誰も聞かないの?
 食べたいって言ってんじゃん。

「ふうか…堂……い…ち」

「『ふうか堂のいちじくタルト』ですね? 分かりました。全速力で買って来ます。待ってて下さい」

「ちょっと倉橋さん」

「行かなくていいよ。どうせ食べられやしないんだから。昨日から、点滴しか……」

 平林夫妻の引き留めを背に、私は病室を飛び出した。



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