鬼系上司は甘えたがり。
一気に静まり返ってしまった席では、お互いに次の言葉が紡げないままに卓上の簡易ガスコンロの上に乗せられた二つの鍋がクツクツと言う音だけが淡々と響いている。
近くの席では大学生風の数人の若い男女が楽しげな笑い声を上げるけど、私にはそれが、どこか遠くの声に聞こえてならなかった。
「……でも、あなたの気持ちはあなただけのものですもんね。俺に告白されたくらいで気持ちが変わるんなら、そもそも俺は渡瀬さんを好きになっていたかも怪しいところです。すみません渡瀬さん、渡瀬さんはこれから、俺から全力で逃げてください。俺は俺で、どうしたら捕まえられるか真剣に考えで全力で追います」
やがて、顔を上げた奥平さんは言う。
自分なりに結論を出したのだろうその顔には確かな決意がありありと読み取れて、彼も彼で本気なんだということが嫌でも伝わり、私はまたどうしたらいいか分からなくなってしまった。
私の気持ちは私のもの。
確かにそうだけど、自ら首輪をつけ直したフリーの忠犬が帰り着く場所なんて、奥平さんこそ痛いくらいに分かり切っているはずだ。
それなのに。