鬼系上司は甘えたがり。
 
「私、本気で逃げますよ……?」

「ふふ、望むところですよ。あなたが新田さんの元へ帰り着く前にかっさらってみせます。噛ませ犬にはなりませんから、どうぞそのおつもりで。そうだなあ、まず手始めに、バレンタインチョコとかねだってみてもいいですか?」

「いや、あの、それはちょっと……。お得意様にご用意するチョコと同じものでしたら……」

「なるほど、その他大勢からスタートってわけですね。そうですよね、手作りはやっぱり新田さんですもんね。でも俄然燃えてきました」

「……え、」


牽制のつもりで言った台詞も簡単に返されてしまい、おまけにチョコまでねだられる。

果たして、ここはサバンナだろうか。

奥平さんも主任に似て、虎視眈々感が否めない肉食獣的なきらいがあるかもしれない。

再びサバンナの大地に放たれた今、甘く毒してくる肉食獣の懐に囲われ、ぬくぬくと過ごしていた草食動物は、新たな肉食獣の登場を前に上手く逃げ切ることができるだろうか。


見た目や所作、雰囲気や服のセンス、言葉遣いなんかも申し分なく王子様のそれだというのに、奥平さんもとんだ肉食獣じゃないか……。

冷や汗をかきつつ、妙な緊張感からゴクリと喉を鳴らすと、私はネックレスをぎゅっと握る。
 
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