鬼系上司は甘えたがり。
そして、そういうところに好んで入っていくのは、だいたいが危ない職業の人だったり、社会からドロップアウトした人だったり、というのを、刑事ドラマや推理モノの番組なんかで観て、わりと本気で信じてしまっている。
演出上のことだとは分かっていても、いざ本当に廃ビルに入らなければいけない事情が出来れば嫌でもそれを思い出してしまい、主任を前にして二の足を踏んでしまう私がいた。
「うう、心臓がバクバク言ってきた。奥平さんの到着を待ってからのほうがいいのかな……」
人通りのないこの近辺は弱気な気持ちに拍車をかけるには十分で、つい声に出てしまう。
折り返しの電話をもらった際、彼も急いで向かうと言ってくれたのだけど、どうやら私の方が早かったようで、奥平さんの姿はまだない。
だけど、これは私がしなければいけないこと。
主任だけの責任ではなく、私の責任でもある。
「……やっぱり行くしかない」
一つ大きく息を吐き出すと、マフラーの下に手を差し込み、主任から貰ったネックレスを力一杯ぎゅーっと握って覚悟を決める。
由里子に急いで調べてもらったところ、主任の予定欄に【打ち合わせ】としか書かれていない不自然なホワイトボードを見たときにふと思い立った私の仮説は、幸か不幸か裏付けされた。