鬼系上司は甘えたがり。
 
ドアを突き抜けて私の耳まではっきりと聞こえたそれは、怒りに加えて悲しみや焦燥感、自分自身に対する歯痒さをこれでもかと感じさせる声色で、聞いていて胸が締め付けられる。

と。


「俺が悪かった。いくらでも謝る。多賀野が満足できる条件で仕事ができるように精一杯協力だってする。だから無関係な薪には……頼むよ」


主任が静かに発する、諭すような、懇願するような言葉の中でふいに自分の名前が出てきて、反射的に肩がピクリと震えた。

しかし相手には逆効果なようで、机か椅子か、今まで座っていたところから勢い良く立ち上がったらしきガタンッという大きな音が部屋の中から響いたあと、彼はフッと笑って言う。


「また薪? あんた、あの人のどこがいいの。俺を励ますフリして結局はあんたを味方したじゃないか。同期だったのに、なんで俺の見方をしてくれなかったんだ。会社を辞めた後だってそうだ、俺がこんなにも苦しんでる間にちゃっかりつき合ったりなんかして、あんたら2人、どこまで俺をバカにしたら気が済むんだよ」

「好きになったのは俺のほうだ。薪は俺をずっと苦手に思っていた。俺のせいで会社を辞めた多賀野に負い目がある中で、自分だけ幸せな気持ちを味わってもいいんだろうかって随分思い悩んだんだ。……だけど、どうしても手に入れたかった。たぶん許されたかった。すまない」
 
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