鬼系上司は甘えたがり。
それが私には静かに頑張る決意を固めているように見えていたのだけれど、結局多賀野くんはそれから少ししたある日、仕事中に突然主任を訴えるとヒステリーを起こし、そのまま会社を辞めていったのだから、彼にとっては、あのときの私の他人事のような能天気な励ましは“今掛けて欲しい言葉”ではなかったことになる。
なんて浅はかだったんだろうと思う。
立場が違えば感じ方だって違うし、性格だって人それぞれで、厳しさをバネに“なにくそ!”と踏ん張れる人だっていれば、厳しい指導方針が元々合わない人だっていて当たり前だ。
皆の前でガミガミ言われたら、当然私だって周りの目が気になって仕方がないし、恥をかかされた気持ちになる、惨めな気持ちにもなる。
それが新入社員の頃なら尚更かもしれない。
そんな彼の深い深い心の傷に気付き、真摯に向き合ってあげられるとしたら、もしかしたら同じフロアで一緒に仕事をしていた由里子や私といった“同期”の仲間かもしれなかったのに……。
「ごめんね、多賀野くん」
そう言って、深く頭を下げる。
多賀野くんはあのとき、私に励ましてほしかったんじゃなくて、ただ自分の気持ちに寄り添ってほしかっただけなんだよね、頑張ろうなんて無責任に言ってほしくなかったんだよね。