鬼系上司は甘えたがり。
 
仕事のときだけではなくプライベートでも実際にお得意様のところへ伺うのも、顔を覚えてもらうのも、こういう仕事をしていたら大切だ。

私だって頭では理解している。

でも、全てがいきなりだったので、一つも心の準備ができていなかったし、黄色や朱色に綺麗に紅葉した情緒ある渓谷を見ても、旅館の支配人さんらしいダンディーなおじさまと話をしても、私は未だに半信半疑で、終始主任に助けを求める視線を送ってはフンと鼻で笑われた。


さすがに堪忍袋の緒が切れ、すっかり暗くなった山道を下る帰りの車中で「いい加減にしてくださいよ!」と怒ると、街に戻ってからちょっと豪華な晩ご飯をご馳走になってしまった。

……いや、だから、お腹が空いてイライラしていたとか、ご飯をご馳走したら機嫌が直るとか、そういうことじゃないんですって。


やっと主任から解放されたのは午後9時。

「月曜からみっちりしごくからなー」と爽やかな笑顔で恐ろしい言葉を残していった主任に私は曖昧な顔で見送ることしかできなかった。

ああ、月曜から私はどうなるんだろう。

不安だ……。










 
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