鬼系上司は甘えたがり。
 
そんな私の切実なる気持ちなど露知らず、恐怖のやり取りをしているうちに、無情にも車は目的地の老舗ホテルの前に着いてしまった。

立派な松の木が二本、門の代わりにそびえるそこは、主任から聞いたところによると、老朽化によって建て替えられたばかりだという。

にも関わらず、建て替える前の姿を知らない私にも、以前からの趣のある雰囲気をそのまま引き継いでいるような気配が佇まいから窺え、車から降りた途端の空気の違いにも驚いた。

なんていうんだろう……凛としているというか、澄んでいるというか、とにかく違う。


「うわあ、すごいホテルですね!松の木も立派ですし、厳格あるホテルって感じがします!あっちには池も!? ほんと、こんなところに泊まれたら一生の思い出になるでしょうね~」


さっきまでの意味不明なやり取りのことなどすっかり頭から抜け落ち、その場で360°辺りを見渡しながら年甲斐もなく感嘆の声を上げる。

これまでの日がな一日干物生活をしていた私には、こうでもして強引に連れ回されなければ、たぶん見ることのできなかった景色だろう。

雑誌で見たり実際に旅行した人の話を聞いただけでは、この空気感は分からないのだから。

百聞は一見に如かず、とはよく言ったものだ。
 
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