マエストロとマネージャーと恋と嫉妬と
………え。

顔を上げた私と入れ替わる様にして、マエストロの顔が慌てて俯く。

眉をハの字に下げ、口はへの字に曲げ、何かと戦っている姿がそこにあった。

耳が赤くなっていくのが、見てとれる。


何だか歪な状況なのではないか。
海外のオーケストラで、常任指揮者として活躍する人物が、ピアニストを目指すもことごとく
夢破れた人物の出方を伺っている。

加虐心や嗜虐心を煽るには、充分だった。

マエストロには悪いが、私はその姿を見てイライラしている自分に気付く。


この人は。
私が断ったらどうするつもりだったんだろ。
そういうことを全く考えないんだ。
仕事がやりにくくなるとか。


「…奏ちゃん…。」

沈黙に恐怖しか感じてない、という様な掠れた声だった。


理由の解らない涙が込み上げてきた。
私が欲しいものはこれじゃない。


「…返事…。何か言ってよ…。」

でもそれは、マエストロから与えられるのではなく、自分の力で手に入れなければならないものだ。

私はこの人が憎いのか、尊敬しているのか、何なのか解らない。
もうどうでもいい。何が正しくて、何が間違っているのか。



< 214 / 288 >

この作品をシェア

pagetop