マエストロとマネージャーと恋と嫉妬と
ホテル内のバーラウンジは、未だ朝早い時間帯
とあってか、先程から清掃員らしき人物が出入りしているだけだった。

奏ちゃんは僕よりもずっと早くにここに来て練習をしていたらしい。


「………じゃあ、ピアノ、聴かせてよ。」


そうだ。そう言えば、僕は奏ちゃんが演奏しているところを聴いた事がない。
昨晩、そう、ふと気付き訊ね、この場を借りる事となった。

「………。」

先程の僕のリクエストに、奏ちゃんの顔色が強ばった。

「留学したいという決心なら、僕にもピアノ
聴かせてみせてよ。」

「……そうですね。自信が有るわけでは無いで
すけれど、そういう方法もありましたね。」

何やらぶつぶつと呟き、考え込んでいる。

「分かりました。良いですよ。でももし、私
のピアノが良いと、通用すると思ったなら、
音楽監督のフレールさんに売り込んで貰えま
せんか?」

「……っえ?!」

何故か条件をつけてきた。
えらく大胆な考えを告げてきたが、声は心なしかかすれていた。
本人は薄氷を踏む思いなのかも知れない。

………そこまで言うのなら。

「いいよ。じゃあ、今日はもう遅いし、明日
の朝ホテルのラウンジなんかにピアノ借りれ
ないか訊いてみるよ。」


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