疑似恋愛
「奥様、お嬢様をお連れしました。」

母はゆったりと部屋で寛いでいた。羨ましいな、この野郎。いや、野郎じゃなかった…。

「貴方はもう下がっていいわ、エステル。今日はご苦労様。」
「…勿体無いお言葉です。…では。」

エステルは私をちょっと不安げに見た後、頭を下げて出ていった。あれは、私が自分の部屋に行けないことを心配しているんだな、きっと。だが、大丈夫だ!私は行きたい部屋に一発でたどり着けるという特技があるのだ!

あれは、小学生の時だった。目隠しをされた状態で、友達の部屋が何処にあるのかを探し当てるというゲームをした。その時私は、初めてその友達の家に遊びに来たのだ。普通だったら無理だろう。だが、私は見事、友達の部屋を探し当てたのだ!
友達の匂いを辿ってみたら、その部屋だったというだけなのだが、その友達は若干引いていた。

まあ、そんな訳で部屋に関しては私は大丈夫なのだ。問題は…。

私はちらりと母の方を見た。ゆっくりと紅茶を飲む母は、何を考えているのか分からない表情をしている。
私は、父に呼ばれたと聞いても、へーそうなんだ、としか思わなかった。男は幾つになっても単純だ。何とかやり過ごせると思った。実際、何とかなったし。
それに比べ、母に呼ばれた時はやばいな、と思った。女のカンは怖いものだ。私が『ユーリ』でないことがバレたら非常にまずい。最悪、この家を追い出されるかもしれない。そうすれば、この見知らぬ土地で、私は…。

「…ユーリ、王宮でのことは聞きました。最低限のマナーは身についていたようで何よりだわ。」

…この夫婦、話の切り出し方が同じなんだけど。狙ってる?狙ってるの?

「私は…少し貴方を、甘やかし過ぎたかもと反省していたのよ。王妃様とのお茶会の度に、貴方のマナーの悪さを聞いていたから。」
「………」
「でも、貴方は今回、本当に最低限だけれど、マナーを守ることが出来た。私は、誇らしく思います。」

ううう…部屋の空気が重い。どんどん重くなっていってる。褒められてるのに…。

「貴方は、未来の王妃様。今のうちに、たくさんの事を学んでおかなければなりません。」
「…何を。」

突然、腕を力強く引っ張られて、体勢を崩した。そのまま、母に抱きしめられた。…意外と胸あるのね。なんて、馬鹿なことを考えていたら、母が口を開いた。

「…いいですか、ユーリ。私はもう、長く生きることは出来ません。」
「…え?はっ?」

突然の余命宣告。

「冗談、だよね。」
「…いいえ。本当です。元々、私は病弱だったから。子を産めたことさえ奇跡のようなものだったの。」
「そ、そんな…。」

私は、『ユーリ』じゃないから。本当の、貴方の娘ではないから。どういう顔をしたらいいのか、分からない。それに『ユーリ』が顔を出して、暴れそうになるから、私は抑えるのに必死だ。今、『ユーリ』に引っ張られてはだめだ。

「ユーリ、私が持っているだけの知識を、今から少しずつ教えていきます。当然、マナーも厳しく教えます。私の分まで、お父様を…この家を支えてください。貴方しか、子供もいないのだから。」
「あ、え…。」
「貴方には悪いと思うわ。けど…。」

少し躊躇うように私を抱きしめる腕の力を弱め、そしてまた強く抱きしめられた。

「お願い、この家を守ってね。」

私は、このお願いに頷くことしか出来なかった。
私は、元の世界に…帰らなければならない。だから、嘘をつくことになるけど。でも私は、『ユーリ』じゃない。あさかだから。ごめんなさい、そう心の中で謝って。

「分かった、お母様。」

そう、口にした。
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