それでも君が必要だ

そうだった。
智史さんは私のことを好きなわけじゃない。

私は無理やり押し付けられた婚約者。

原点に戻った。
というか、そもそも智史さんは私といたくて一緒にいるわけじゃなかったことを思い出して、それから私自身が自由になりたくなったことを思い出したら、急に心が強くなったような気がした。

「私、帰ります」

急いで扉を開けようと手をかけた。

その瞬間。
スッと伸びてきた長い腕が私の動きを阻んだ。

覆い被さるような姿勢に息が止まる。

「家の前まで送っていくよ。そんな可愛い姿、俺だけのものにしておきたいから」

「……」

額のすぐ上で囁く声が聞こえて目を見開く。

近すぎます……。
こんなの、ドキドキする。

私はこんなにドキドキしているのに。
それなのに智史さんは落ち着いた口調。

どうして?

早い鼓動が伝わらないよう視線を伏せると、智史さんは伸ばした手をそのままに、私のシートベルトをスルスル引き出しカチッと固定してくれた。

そして、智史さんは何事もなかったかのように私のそばから体を離し、自分のシートベルトをつけるとエンジンをかけた。

音のない空間にエンジンの音が響いて少しホッとしたけれど、それでもまだドキドキする。

智史さん、どうしてこんなドキドキするようなことをするの?

その気もないくせに。

それとも私が勝手にドキドキしているだけ?

……。

そうなのかもしれない。

智史さんがあまりにも優しいから心が揺れてしまって、勝手に一人で気になってしまっているのかもしれない。

私、どうしちゃったのかな。

今までこんなことなかったのに。

……。

もしかして。

こういうのを恋っていうの?
それとも違うの?

もしかして私、智史さんを落とせって言われたのに、一人で勝手に私自身が落ちてしまったの?
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