美人はツラいよ
「だいぶ意識してもらえてるみたいで、良かったです。」
「…何が?」
「昨日の帰り際の一言。昨日は本気に受け取ってもらえなかったけど。このタイミングで思い出してもらえて、嬉しいな。」
図星をつかれて、私は思わず目を丸くした。それを見て、彼はまた満足そうに笑う。
「安心してください。さすがに襲ったりしませんよ。」
「いや、別に心配してないし。」
「今日のところは、ですけど。」
「へっ?」
あわてて取り繕った私に、彼はもう一度微笑みかける。
「まどろっこしいのは好きじゃないんで、単刀直入に言いますね。」
咄嗟に逃げる私の視線を、彼の瞳が捕まえる。
目が合った瞬間、抵抗むなしく私の胸は呆気なく高鳴った。
何なんだ、この意味深な視線と甘い空気は。
「僕はあなたに近づくチャンスをずっと狙ってた。」
雰囲気イケメンの爽やかさをあっさりと脱ぎ捨てて、標的を定めた野生動物のように鋭い視線を、私に向ける。
か弱い小動物という質でもないのに、私はその視線に拘束されたように、たちまち動けなくなった。
「だから、覚悟してくださいね。」
多分に甘さを含んだ囁きは、私の頭を思考停止にさせる。
からかわれているだけだと、予防線を張る隙さえなかった。
こんな裏の顔を持っていたとは…
松田朋紀、恐るべし。
しばらくして、やっと活動を再開した頭の中では、とある疑問を繰り返されていた。
っていうか、私みたいな三十路お局社員に近づいて一体何の得があんの!?
彼に駅まで送ってもらいながら(彼が自宅まで送ると言うのを必死に遠慮した)、私はまるで漫画みたいに、頭の上にクエッョンマークを掲げていたのだった。