焦れ甘な恋が始まりました
「……んっ、」
う、嘘……っ。
――――静かな浜辺に打ち寄せる、波のように。
ゆっくりと近付いてきた下條さんの綺麗な瞳を、ハッキリと認識する間もなく唇と唇が重なった。
けれどそれはまるで、流れ星が夜空を駆けるように一瞬の出来事で。
小さな波が悪戯に浜辺の砂を攫うかの如く、下條さんは私の唇を、音もなく奪った。
「……帰ろうか」
「あ、あの…………今、」
「そろそろ夜は……、冷えるから」
「っ、」
言いながら、今のキスは幻だったと告げるように腰を上げた下條社長は、手に持っていたハンバーガーを簡素な紙袋の中に再び戻し入れた。
そのままゆっくりと、私に背を向け歩き出す社長。
そんな社長の背中を呆然と見つめながらも、私は高鳴る胸の鼓動を確かに、一人、夢のような現実の中で感じていた。