私は、アナタ…になりたいです…。
ガタガタ…と揺れる滑車の音を耳にしながら、車窓の景色を眺めていた。

満員に近い電車内は、私のような人間には不向きだ。
人に圧縮される様な感覚に襲われる。肌が密着する様なところもあって、気持ちが悪くて仕方ない。

急ブレーキを掛けられたら人一倍揺らされる。体重の軽い私には、どんな些細な動きでさえも影響が大きい。
足をどんなに踏ん張ってても体が支えきれなくなる時がある。大きく前につんのめって、必ず人に凭れかかる。


…だけど、今日だけはそれがなかった。


キキィーーッと大きなブレーキ音が響いて、車内が大きく右に揺れた。引力に引っ張られるように傾く私のことを支えてくれる、大きな手があった。


「大丈夫？危うく転ぶとこだったね」


左側にいた人が自分の右腕を絡ませてほっとした。
車内で一緒になっていることを知らずにいた私は、目を見開いてその人を見た。



さっきといい今といい、どうしてこうもタイミング良く現れるんだろう。
救世主のように爽やかに、穏やかそうな笑顔を見せて……。




「……すみません……田所さん…」


思い出したように声を発した。
腕を絡ませてた人は、そのまま私の左手を取った。


「悪いけどこのまま握らせといて。また揺れると危ないから」


唇を細めて笑いかける。
その仕草が私の気持ちをどれだけ擽ってるか、きっとこの人は知らない。
心臓は確実に速く脈を打ち始め、手だって震えてくる。

カタカタ…と聞こえる滑車音は、まるで自分の心臓と同じくらいの速さに達する。
その音に耳をすませながら、隣に立つ人の手の温もりをしっかりと身に沁み込ませていた……。

< 46 / 147 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop