気になるパラドクス
「そんなことより、ご用件は?」

答える義理はすでにないから、溜め息交じりに呟くと、営業マンらしい晴れやかな笑顔を見せてきた。

「俺たち、また付き合わないか?」

……こいつは何を言っているんだろう?

最近まで付き合っていて、私の事をふったくせに。
しかも、間違いでなければ、別れてすぐに販促部の新人と付き合いだしていたよね。

きっと、うちの情報網を知らないんだろうな。

「販促部の女の子はどうしましたか」

原くんは一瞬だけ目を丸くして、すぐに困ったような顔をした。

「誤解だ。確かに何度か食事もしたけれど、食事って言っても社食だし。社交辞令だよ」

ほほう。

ホテルで食事も『社食』で食事と言いたいんだろうか。
それから部内の飲み会で、彼女の肩に手をまわしたり、頬をつつきあうのも社交辞令?
別れた男の噂というものは、実は聞きたくなくても誰かが耳にいれてくる。

……ちょっと、原くんは迂闊な人だったんだね。そんな噂の立つ人と、そうほいほいよりを戻すとでも思っているわけ?

「背が高いってことや、美紅の変わった趣味も目をつぶるし。クリスマスにひとりはあり得ないだろ?」

「そりゃー……ずいぶん自分勝手な意見だなー」

横からの低い声に驚いて振り返ると、いつものミリタリージャケットにジーパン姿の黒埼さんが大きな柱に寄りかかるようにして立っていた。

隠匿機能が半端ない。

「なんでここにいるの?」

「店舗まわりのついで。一応、メールしたんだけど。見てないな?」

言われて、バックからスマホを取り出して見る。

「ああ、本当。仕事中は仕事用の端末しか持ち歩かなくて……」

言いながら、スッと原くんが遮るように私の目の前に立った。

「今、ふたりで話をしているんで。関係ない人は割り込まないでください」

まぁ……遮られても、私は全然隠れていないけど。

飄々としていた黒埼さんの表情が、訝しげになったのがよく見えた。

「ふたりで会話になってるように見えなかったけど。どっちかって言うと、あんたが勝手にほざいていたって言う感じ?」

チラッと私と視線が合って、彼は微笑みながら軽く手を振った。

……なんだか能天気さに脱力した。

黒埼さんも人の話を聞いてるか、いつも謎なんだけどなー。
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