気になるパラドクス
振り返ると、磯村くんが面白そうに笑っている。

「何ですか?」

「……今度こそ、僕は村居さんを黒埼さんの“恋人”だと思って邪魔しなくてもいいんですよね?」

答えにくいわー。
でも、磯村くんはいろいろお世話に……なったし。

「……いいわよ。いろいろ忠告してくれてありがとう」

「いやぁ。あれでますます燃えちゃったのかもしれませんけど。男ってそんなもんなんで」

……だから、そんなこと、男のあんたが言うんじゃないよ。

呆れた顔をしたら、いかにも好青年風の笑顔を返された。

「お願いがあるんですが。誰でもいいので、総務部にA会議室の鍵、借りに行ってくれませんか?」

はあ?

「馬鹿な事を言ってないで、自分で取りに行きなさいよ。嫁の顔を見たがっているのは磯村くんでしょ」

「今朝、ベタベタすんなって怒られたばかりで」

なにげにノロケられてるのかな。

「喧嘩したの? じゃ、ますます自分で行って、謝って来なさいよ」

「いえ。ここは俺が取りに行かず、押して駄目なら引いてみようかと」

えーと。あの……そんなにしてまで奥さんといちゃいちゃしたいの?

男って馬鹿だ。

「蹴り出される前に、さっさと行きなさい」

冷静に言うと、磯村くんは残念そうに営業部を出ていった。

「最近の子は、何を考えているのかしらね」

「磯村さんは、村居さんとそんなに年齢差ありませんから……」

そんなことを言われて笑いながら、何事もなく朝礼を終え、業務が始まる。

そうこうしているうちに、またパタパタと書類は増えていき、ちょっとしたミスも増える。

それでもお昼休憩が終わって、部署に戻ってみると、ひとりの後輩が営業の人に怒鳴られている場面に出くわした。

「今日中って言っただろ。どうして出来てないんだよ」

そんな事を言っているから、近づいていって間に入る。

「失礼します。どうかしましたか?」

怒っているのは、先輩の増岡さんだ。

「どうしたもこうしたも、今日中にってお願いしてあった書類、確認したらまだ出来ていないってどういう事だ」

彼が振りかざしているのが、その書類らしい。

「昨日、承った書類ですか?」

「そうだ。今日の16時までには、先方に持って行く約束なんだよ。まったく……事務が営業の足を引っ張ってんじゃねぇよ。俺たちの稼ぎで食ってるくせに」

あら。どうしよう。ムカつくわー。

笑顔を見せながら、心の奥底から沸き上がるイライラをどうしようか。

確かに営業部の事務面でのサポートをするのは、私たちの役目だけどね。
あんたの稼ぎで、私たちは給料もらっているわけじゃない。
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