気になるパラドクス
「なによ。なにか言いたそうね」

どちらかと言うと、痛い人を見るかのような視線じゃない?

「美紅って、人がいいんだな」

「そんなことは言われた事ないわ」

玉ねぎと、鶏肉を取り出して、それから手を洗う。

「……黒埼さん、いきなり襲わないって約束してくれたし、引かないって言ってくれたから」

言いながら包丁とまな板を取り出して、材料を刻み始めた私を、今度は彼はまじまじと見ていた。

「男を信用すると、たまに痛い目にあうぞ?」

「……まあね。わかってる」

でも黒埼さん、部屋には引かなかったし、ちゃんと手をだしても、そういう意味では引いてくれたじゃない。
キッチンでキスするのはビックリしたけど。

「黒埼さんて、キスするのが好き?」

「ソレ以上も好き」

「や。そこはまだ聞いてないかな」

苦笑を返して材料を切り終わると、つくづく私の顔を見ていた黒埼さんが指を鳴らした。

「エプロン持ってくればよかった」

「……なんか、それ着けろとか言われそうだから嫌なんだけど」

「言うに決まってるよなー。それよりも美紅……からかっても怒らないんだな?」

どこからどこまでが“からかい”に該当するかは謎だけど……。

「……うん」

これを言ってしまうと、とっても図に乗っかって来そうだから、あまり言いたくないなぁ。

「……よくわかんないって。言いたいことがあるなら、きっちり言おうか?」

真面目な顔をされて、困って咳払いする。

「……黒埼さんなら、イチャイチャしても大丈夫かな、とか。そう思って。軽口の言い合いもイチャイチャになるでしょう?」

「美紅が、俺の発言に重きを置いていないのはわかった」

重々しく頷かれて、ちょっとカチンときた。

「どこの世界にキス好きなのか聞いてるのに“ソレ以上も好き”って返事をする男がいるのよ!」

「……彼氏目の前にして、堂々と“キス好きなのか”聞いてくる彼女も、なかなかいないような気がするぞ?」

……それもそうかもしれない。
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