十八歳の花嫁

入社したのは三年前で、その前年に恭子は前夫と離婚している。しかも、恭子の採用は藤臣が独断で決め、人事部に口を利いていた。

そのことが週刊誌に書かれ、ふたりはただの愛人関係ではなく、いわゆる“内縁の妻”ではないか、と。
偽装の意味もあり、恭子に仕事を与えている。
十歳の長女は言わずもがなで、離婚後半年で生まれた四歳の長男も、藤臣の子供である可能性が高い――。


「でも、どうして? 四年前に離婚したなら、藤臣さんの子供だったらすぐに再婚したらよかったんじゃ……」

「先代がお元気だったもの。十年前のことはよくわからないけど。先代も大奥様も大反対だったと聞くわ。週刊誌にもそう書かれてたでしょう?」

「……はい」


藤臣は、子供の父親が元恋人だとわかった恭子が、その男性と相談して結婚式当日に逃げたのだ、と話してくれた。
でも週刊誌には、恭子が知人に語った話として……。

『なんのとりえもない女と結婚するなら、藤臣が美馬グループに入る必要はない』

そんな言葉で先代社長から脅され、彼女は色々なことが怖くなって逃げた、と書かれてあった。


「まあ、この手の告白は完全に信用するわけにはいかないけれど。問題は、その相手をわざわざデパートに雇ったことね。しかも本名の“東恭子”じゃなく、別れた亭主の苗字“石川”を使ってることかしら」

「じゃ、四歳の男の子も藤臣さんの?」


愛実の問いに由佳は軽く首を振った。


「それはわからないわ。戸籍上で言うなら、ふたりとも前夫の子、になってるけど」


モデルの長瀬久美子やこの奥村由佳に比べ、恭子はかなり地味な女性だ。
自宅もアパート住まいだという。もし藤臣の愛人と子供なら、彼がアパート暮らしをさせているとは思えない。


「まあ、あなたの目に映る専務はそうなのかもしれないけど……」


記事が出た直後、“美馬藤臣は愛人と子供をホテルに匿っている”――愛実のもとに届けられた匿名の手紙。
藤臣にはとても聞けず、瀬崎に話すチャンスもなかった。

そんなとき、結婚式の打ち合わせに訪れた由佳に、愛実は頼んだのだ。
すると、由佳は翌日にはこのホテルを探し出してくれた。


「こんな場所で匿ってるなんて、どう考えても怪しいわ。美馬グループの実権と、美馬家の個人的資産。専務はその両方を手に入れようとしてるんじゃないかしら。大奥様もご高齢だし……もって四、五年。馬鹿をみたくなければ、今のうちに自分の取り分はしっかり確保しておくのね。お金のかかる家族がいるんでしょう?」


おそらく入院中の祖母やお金にルーズな母のことだろう。

愛実はうつむきながら胸の中で繰り返した。


(「愛してる」って言ってくれたもの。藤臣さんを信じる。絶対に……)

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