十八歳の花嫁

第10話 悪鬼

第10話 悪鬼





瀬崎の叫びは、美馬邸の瀟洒(しょうしゃ)な佇まいを揺るがすほど悲痛に満ちていた。

見送りに出ていた執事の糸井をはじめ、使用人たちもなんとも言い難い表情だ。
彼らもおそらく、同じ思いを抱きながら長年勤めて来たのだろう。

六月の生温かい風が、弥生の白くなった髪を数本靡かせ……。
彼女は少し、不快そうな顔をした。


「だからなんです?」

「……美馬会長……」


小揺るぎもしない弥生の態度に、瀬崎は何も言えない。


「わたくしが何をしたと言うのです? 他の男性と逃げて、美馬家の顔に泥を塗ったのですよ。慰謝料を請求されて当然ではありませんか。愛実さんにしてもそうです。身売りされるほど困っていらしたのでしょう? 感謝されこそすれ、恨まれる覚えなどありません。藤臣さんは……あんな汚らわしい子供が美馬を名乗るなんて!」


藤臣のことになり、弥生の表情は変わった。

杖を持つ手をわなわなと震わせ、目をぎょろりと剥き、顎をしゃくりながら言葉を続ける。


「あのような下賎な者は、生まれて来なければよかったのです。愚かな母親と共に死んでくれたらよかったのに……。藤臣のせいでこの三十年、わたくしは心休まる日がありませんでした。先に夫が死んで、やっとこの家から追い出せると思った矢先に! 家も会社も、全部あの女の息子に奪われそうになるとは」


それは瀬崎だけでなく、周りにいた全員が声を失うほど驚いていた。


「おまけに、夫に似たのでしょうね。娘たちは下半身にだらしがなく。期待をかけた佐和子は石女(うまずめ)で……。娘の亭主も孫も、藤臣ひとりに敵わないとは。ああ、情けないこと」


瀬崎は呼吸を整え、なるべく穏やかな声で伝えた。


「美馬会長――すべて、あなたのお子さんでお孫さんだということを、忘れないでいただきたい」

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