勇気を出して、空を見上げて。
「……家のこと、しなきゃいけないので。夕飯とか、妹の相手とか。じいちゃんとばあちゃんも心配するし、あと大体読書してるんで」
「あたしには無理だな、それ。苦しくなっちゃいそう、絶対逃げ出す」
「あー……」
思わず零すと、微妙な表情になった心音ちゃんが苦く笑う。今のは失敗した、かな。
この子は、本当に。
────自分の気持ちを吐き出すことなんて、あるのだろうか。
頑張りすぎなんじゃないかと思う。けれどその生活を当たり前だと考えていそうな彼女は、きっと苦だと思っていない。
そんなのいつか、絶対に破綻するのに。
自分が壊れた時のことを想いあして、あたしは気付かれないように強く手を握り締めた。
「……先輩?」
「あ、ごめんごめん」
「まだ本調子じゃないんです? 無理しないでくださいね?」
「星とユズいるから大丈夫だって。何でもないから大丈夫。それにその言葉、そっくりそのまま心音ちゃんに返すよ」
「え? 私は大丈夫ですよ?」
それは本心か、それとも嘘か。
どっちにしても、問題であることに変わりはないんだけど。
このままだと、いつかこの子は確実に壊れる。そして壊れた時、彼女が一番責めるのはやっぱり他の誰でもない自分自身のはずなのだ。
そして、そのことをこの子だって分かっているはずで。それなのにこうして笑っているのはきっとどうすればいいのか分かっていないから。
嗚呼、でも。
壊れたいと、思っているのかもしれない。あたしだってそうだから。だとしたら、あたしはこの子に向かってなんて声を掛けてあげればいいんだろう。
「心音ちゃん」
「……ん、はい?」
「って、呼ぶね、あたし」
「え、いいというか、今までずっとそう呼んでたからおかんって呼んでくれないんだなあと……いいですけど、私、すぐ反応できないかもしれませんよ?」
前科があって、と笑う心音ちゃんに、それでもいいよと返した。
おかん、というあだ名は、彼女が彼女自身を守るためのものなのではないかと、何となく思っていた。呼ばれ始めたきっかけはなんにせよ、今はきっとそうなっている。だから、まずはそれを崩さないと、あたしは近づけない。
だからこその、『心音ちゃん』なのだ。
根気強く、呼び続けてやる。何回だって、ちゃんと、その名前を。
彼女が、『おかん』は逃げであると気付くまで。