優しい胸に抱かれて
みんな酔っていた。しかし、泥酔するほど酔っぱらってはいなかった。雰囲気に酔いしれていたみんなは、しっかりとした足取りで外へ出た。春の匂いが降りた陽気な街では、似たように顔を赤くした人々で賑わっていた。
呼び停めたタクシーに二次会へと繰り出すみんなを押し込んだ。それぞれを乗せたタクシーは夜の街に消えて行き、私と日下さんと彼の3人がぽつんと残された。
『じゃ、俺は電車だからこれで。お疲れさん』
なんとも呆気なく、駅の方へ去って行く日下さんの後ろ姿を、残されて困った私はいつまでも見つめていた。
『…帰んないの?』
振り返るといつもの優しい顔をした彼とは違い、同じように困った表情を浮かべていた。
ここが、人の群れが途切れることのない歩道の真ん中だとか、頭になかった。意識は別の方にあって完全に気が削がれていた。それは酔っているせいではなかった。堪らず口を動かした。
『主任は…、嘘つきです』
『酔ってんの?』
眉を顰めてこちらを見下ろしている彼に、もう一度口を開いた。
『酔ってません。主任は、嘘つきです』
立ち止まる私の背後で、自転車のベルが鳴った。堂々と道を塞いでしまっていることに気づき、除けようとした身体は彼に掴み取られた手首を引き寄せられ、建物側へと導かれた。
『…ここじゃ、邪魔になるからあっちで話そう』
そのまま手を引っ張られて、連れてこられたのはよりにもよって色々な想いがある大通公園のベンチだった。ベンチに腰を掛けた彼は顔を上げることはなかった。そのずっと奥でテレビ塔が私たちを見下ろしていた。
『…俺の何が嘘つきだって?』
下を向いているから表情こそは伺うことはできなかった。その口調は淡々としていたが怒ってはいないようだった。
『主任は…。好きな人がいるって言ってたのに、どうしてあんなこと言うんですか? 好きな女以外…、家に入れないなんて…』
そんな無責任なこと言って欲しくなかった。そんな適当なこと言う人だとは思っていなかった。そんな悲しいこと聞きたくなかった。複雑化した心がきゅっと締め付けられる。