優しい胸に抱かれて
「待たなくていいって、言った…」

「本当は…、待っていて欲しかった。だけど、戻れるのが何年かかるのかわからないで、戻ってきたとしてもどう転がるかわからないのに、待っててもらうほどの価値が俺にはなかったから。わかっててきちんと向き合えなかったから。向き合うのが怖くなった。好きだから、離したくないのに、向き合えなかった」

「私は…、待っていたかった」

「縛りつけてまた淋しい思いをさせるだけだったから、それだったら紗希を自由にしてあげたかったんだ。きちんと伝えられなくてごめん」

「それでもっ…」


 待っていたかった。と、続けられなかった言葉の代わりに、涙が溢れた。



 自分勝手な唇は、懲りずにまだ話を続けた。


「淋しい思いをするってことは、俺に気づかれないように、紗希が気持ちを押し殺して過ごしていくってことだろ? それが嫌だから出向を決めたのに、待っててもらって更に同じ思いをさせるなんてできなかった」


 私の気持ちを無視して唇は動き続けるものの、もうその輪郭は目には映らない。


「辛い思いをさせたことはわかってる。だけど、俺がいなくて淋しい思いはしなかっただろ?」

「…っ、でもっ、…待っていたかったっ! 紘平は…、わかってない、全然わかってないっ…」
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