優しい胸に抱かれて
手の中で行き場を無くし転がる指輪を、元の細い薬指に戻す。ゆっくりと視線を落とした顔を、上げようとする紗希の後頭部に手を廻し、頬にもう片方の手を添える。逃げられないように。

自分の唇を強引に紗希の唇に押し当てた。

「ん…」

唇を割って舌を侵入させれば、紗希は苦しげな声を漏らした。


…紗希は時々、こうして俺を困らせる。


角度を変え舌を絡ませ、漏れる互いの吐息が熱を帯びる。パーカーをを握っていた手はいつしか俺の腕を力強く掴んでいる。

「…苦しいっ」

「俺も、っ…」

「だったら…」

一瞬離した唇から息苦しさを訴える。だけど、俺は開放させた口をもう一度塞いだ。「だったら、やめて」と、言われる前に。


紗希は綾に会えて嬉しいかもしれないけどさ。せっかくの休日を邪魔されて、機嫌が悪いんだよ。せっかく二人きりだったのに。紗希と一緒に灯台で夕陽を眺めるのを、楽しみにしてたんだぞ。


往生際悪く身じろいで抵抗していた紗希の力が弱まってくる。頬を押さえていた腕を背中に回して抱き込んだ。

口を離し解放させると、紗希は「溺れる」とか言って苦しそうに呼吸を繰り返す。

「紗希?これだけは言っておくけど…。これを返す時は、俺のことが嫌いになった時にして。俺に一切の望みがなくなった時だけにして」

「…っ、わかった。…ごめんなさい」

本当にわかったのかどうかは微妙なところだ。未だ紗希の頭を押さえている俺から逃れたいだけかもしれない。

無理もないが…。


「…でも、部長みたい」

「…、」

どうして、ここでその人が出てくるんだろうな。一緒にするなよ。

なんとも歯痒くて、むっつりとした視線を送る。


…俺がどんなに好きか、紗希はわかっていない。
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