優しい胸に抱かれて
 解消しなかったわだかまりが残るだけなら、白を切り通せばよかった。聞かなければよかった。


「…そのうちな?」

 期待を含むような言い方をして、伸びてきた左手が私の頭を包む。真新しい車の匂いとは別の、セドラの香りが鼻の奥で絡まった。

 そのうちなんかない。いつかとか、今度とか、機会があればとか。

 安易に期待なんてしちゃいけない。それは私が一番よく分かっている。


 隣に並んだトラックのヘッドライトが彼の薬指にはめられた指輪を照らして追い越していった。助手席の窓に写り込む左手の指輪がこれ以上、踏み入るな。と、警告しているかのように。


 それから、積極的になんてなれなくなった私は、借りてきた猫状態で黙っているしかなかった。

「寝ててもいいよ、どうせ忙しくて大した寝てないんだろ?」

 他にも、「寒くないか」とか「お腹空いてないか」とか、「トイレは大丈夫か」だとか。

 まるで保護者のように声を掛けてくれた。私はそれに「大丈夫」と答えるだけで、どこまでも優しい言葉を掛けられ続ける。

 それが過剰に私の心を、ただただ無意味に掻き回し続けた。

 旭川までの2時間、自棄に長く感じるのは彼と二人きりだからか。それとも私だけに重い空気が流れているからか。どちらにしても、私の精神的な問題だった。


 2年前、前川部長に言われた言葉が駆け回る。

『理由なんてものは知らない方がいいことだってある、事実はお前たちは終わったって事だけだ。あいつが戻ってきた時、笑えていたらお前の勝ちだ』

 知らない方がいい。もう終わったことだ。


 それでいて、笑えていないってことは負けってことなのだろうか。
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