計画的俺様上司の機密事項
「あーあ、女を置いて逃げるだなんて。頼りねえなあ。君、あんなやつと付き合ってるのかよ」


わたしを見るなり、ふ、と軽く笑う。

やれやれと言いながら、スマホを胸ポケットに戻した。


「あとね、そこの君」


そういって、わたしを指差した。


「大人なんだから、もう少しマシな男、選べよ」


「マシな男って、部長はしっかりした男です」


「そうかなあ。守る男はこういったわけのわからない男から守ってくれる気がするけど」


そろりそろりと男が近づいてくる。

さすがに大きな声を出しても、この階にはわたしとこの男しかいないから助けにきてくれないだろう。

男をかわそうとやったこともないボクサーの真似事をしてみた。


「安心しろ。部長みたく襲わねえよ」


男に間抜けに映った自分が恥ずかしく、しぶしぶ両腕をおろした。


「ほら、仕事しろよ。まあ、俺も人のこと言えねえけど」


わはは、と威勢のいい笑いをとばしている。


「もうちょっと色気のある服きてたら、その気になったかもしれねえけどな」


「結局は襲おうとしてたじゃないですかっ」


「ほら、もう行けよ。給料泥棒って同僚に言われるぞ」


「給料泥棒だなんて。なんであなたがわたしに指図するんですか」


男は涼やかに笑い、わたしに顔を近づけた。


「お前はオレのいうことを聞くよ。絶対に」


その男は耳元でやさしく囁いた。

え、どういうことですか、と聞こうとしたのに、


「じゃな」


ぽんと軽く肩に手を置くと、先に資料室から出て行った。

資料室の男の周りには柑橘系の香りが鼻をかすめる。

以前、どこかで会ったような気がした。
< 3 / 252 >

この作品をシェア

pagetop