ビューティフル・ワールド
「残られてもなあ。」
りらが苦笑して言った。
「お茶も出せないですよ。そういうことは大久保がやるので。」
「彼は貴女の身の周りの世話を?」
「私の支えになるのが生き甲斐だそうだよ。」
なんでもない事のように笑って言った。
残酷な女だな。
柳瀬は自分が言われたように苦い思いがした。
無関心は、人の心を抉る。だがりらの場合はきっと、大久保に対してに限ったことではないだろう。
何者も、彼女の興味を引くことはできない。りらにはそう思わせる浮遊感のようなものがあった。
天才、か。
柳瀬はため息をついた。
彼女は人を求めていない。彼女の描く絵には人影が無いのだ。驚くことではなかった。
だが、自分は?
茅野りらとの専属契約が柳瀬に課せられた仕事だ。
もし、それが、無理だとして。
彼が契約を断られることはほとんどないが、彼女に限ってはあり得る、と柳瀬は予感する。
諦めるつもりはないが、りらが彼との仕事に、永遠に興味を示さなかったとして。
彼自身も、彼女の中に存在することは、できないのだろうか?
彼が去れば、彼女は再び彼なんか居なかったかのように、絵の世界に没頭するのだろうか?
「例えば」
柳瀬は真っ直ぐにりらを見た。
こんなふうに彼に直視されれば、女性なら顔を赤らめるか、期待を孕んだ目で見つめ返すかしてくるのに、
りらはただ言葉の続きを待っている。
その目は彼を映してはいるが、見てはいない。
じりじりと、焦りのような、虚しさのような、屈辱のような、正体のわからない不快感に胸が焼かれた。