ビューティフル・ワールド

柳瀬はこれまで、そんな経験をしたことはなかった。出逢った人の世界に存在しないことなど、そのあまりに恵まれた容姿では、ありえないからだ。
それでも、こうして会ってしまった以上、引き返すことはできない。全ての力を持って挑まなければならない…

これは仕事に対する使命感ではない。
柳瀬自身もそれはわかっていた。完全に私情だ。
その気持ちが何なのか、判別できない。そんなことは今はどうでも良かった。
確かなのは、このまま忘れ去られることだけは我慢ならない、ということだ。 

「少し早いですが、これからお食事でも?」

りらは片眉を上げて初めて柳瀬を、"見た"。
こうして意表をついていかなくてはならない。彼女の瞳に映る世界に、存在する為に。

「ドレスアップしたほうが良いかな。」

そう言って笑った顔は、魅惑的だった。

「お好きに。」

どれだけの効果がりらに発揮されるのかはわからないが、他人を魅了してきた笑顔を作って答える。

「このへんの店でいい? 電車は嫌いなんだ。」
「構いませんよ。」
「酒は?」
「いくらでもお付き合いしますよ。」
「良い男な上、酒も飲めるの? 最高だなあ。」
「光栄です。」

だけど貴女の犬にはならない。

柳瀬は固くそう思う。
翻弄されるだけでは、相手にしてもらえないだろうから。
幸いこの美貌がある。そして彼女は誰より美を愛している。

「着替えてくるから待ってて。」
「どうぞ。このあたりの絵を見てても?」
「好きにしてよ。」

隠すものなど何もない、と言わんばかりに両手を広げ、アトリエスペースを示すと、りらは居間を抜け、奥の部屋に消えた。

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